09/11/06

大津辺の森(承前)


しかし、残念なことに、こうした森を守るべき人たちのマナーの悪さ、無頓着さが散見される。
作業道、一般の立ち入りを禁止すると表示された、錆びた立て札のところには、ゴミが散乱していた。↓

↓これはまだ新しいカップ麺の食べ残し。残飯は有機物だから、森の動物が食べたり、土壌生物が分解したりしてくれるが、発泡スチロールやプラスチックの包装物はいつまで経っても土に戻らない。こういうものを、作業をする人たちは平気でぽいぽい捨てる。実際、道路工事の人たちがタバコのケースや菓子類のパッケージを何の躊躇もなく捨てるのを、よく目にする。

中途半端に植林してしまったエリアも存在する。道の左側が杉の人工林、右が潜在自然植生で成育中の雑木林という状態の場所もあった。残念だが、ものは考えようで、いっそ「人工林と自然林の比較」が一目で分かるスポットとしておけばいいかもしれない。
「左が杉を植えてしまった人工林。右は手を加えず放置したままの潜在自然植生の森です。どれだけの違いが生まれているか、比べてみましょう」……という学習ができる。

まだ新しい、カップ麺の食べ残し跡↑


中途半端に植林してしまった、残念なエリア↑


道を挟んで反対側は潜在自然植生のまま成育中の林


地元の林業業者が入って、一部は伐採しているらしい


材木にはならないので、せいぜいチップにする程度だろうか……

チップと言えば、浅薄な情報知識だけで動く、「レベルの低いエコ指向」のおっちょこちょいが、木質チップボイラーをもっと活用しろとか、木質原料からエタノールを精製して燃料にしろとか、よく言う。
そういう事業は、きっちりとエネルギー収支の計算をしないとどうしようもない。イメージ先行で手を出すと、ただ、エネルギー資源を浪費するだけの結果になりかねない。
簡単に言えば、木質チップ燃料というのは、石油を燃やすのはもったいないから、昔のように薪を燃しましょうという話だ。ヨーロッパの森は、燃料や、畜産のための伐採によって喪失してしまった。
もうこれ以上どうしようもない、というところまで追い込まれたとき、石炭、石油の利用方法が発見され、産業革命が起きた。その結果、それまでとは別の大規模環境破壊と、人口大爆発という、地球にとってはさらに深刻な危機を生み出したわけだが、石油文明が生まれていなければのどかな風景が残っていたのかといえば、そう簡単な話ではない。石炭・石油の利用が発見されなければ、ヨーロッパは自然環境を収奪し尽くして、今頃、もっと貧相な土地になっていたかもしれない。もちろん、文明も発展していなかっただろう。

木質原料からエタノールを作るというのは、穀物からエタノールを作るよりも、投入エネルギーが大きくなり、さらにエネルギー収支が悪い。
穀物から燃料を得るというのは、簡単に言えば、食い物を使って車を走らせましょうという発想である。一時期「エコガソリン」なんて、マスメディアもさかんに報じていたが、最近はとんと聞かなくなった。日本であんなことをやっても意味がないのは分かり切っている。
食い物から燃料を作るというのはあんまりだから、樹木にしましょう。それなら心が痛まない、という気持ちがあるのだろう。木質チップボイラーというのは、そういう「におい」がする。
バイオ資源の燃料化を成功させるのは簡単ではない。様々な条件をクリアする必要がある。しかし、それをちゃんと見据えて採用していないのではないかと思える事例がいくつもある。この手のことに税金投入、補助金で援助というのは、本質を見えなくさせるので、極力やってはいけない。

とにかく、エネルギー問題に関しては、投入エネルギーが抽出できるエネルギーより大きければ何の意味もないということを忘れてはいけない。これはもう、小学校くらいから、徹底的に教え込む必要がある。
「更新性エネルギー」などというと聞こえはよいが、原料がいくら更新性のものであっても、利用するときに、得られるエネルギーより大きなエネルギーを投入するのであれば、結果的にエネルギー資源の無駄遣いにしかならない。木質チップやペレットにしても、ペレットに加工するまでの工程で、かなりのエネルギー(つまりは石油)を消費する。原料価格を下げようとすれば、面倒な間伐は避けて山を丸ごと剥いでしまう皆伐をすることになるので、間伐材利用という美名のもとに森林の単純喪失をすることにもなる。

村の入浴施設(田舎に行くと、どの自治体にも必ずある、お風呂を中心にしたコミュニティセンター的施設)の燃料を、重油ボイラーから木質チップに変更する計画があるらしいが、まだまだ使えるボイラー施設を壊して変更するだけの意味があるのか。ちゃんとエネルギー収支の計算をしたのだろうか。
要は、エネルギーが余計に使われたとしても、税金を投入して補助して、その分、新しい支出が生まれ、地元に儲かる業者が出てくれればいいという発想なのだろう。
そういう発想を全否定するわけではないが、従来型の発想でこれから先ずっとやっていけると考えるのは甘い。
どうしても木質チップボイラーを実験したければ、チップは雑木林ではなく、手入れをせず放置されている杉林、松林などの伐採で行うべきである。若い雑木林は極力そのまま放置して、潜在自然植生に戻していくことが大切だ。そうしたエリアが広くなり、かつての森に戻っていけば、野生生物の住む場所も増え、イノシシが畑を荒らしに下りてくるようなことも減るだろう。

底の浅いおっちょこちょいにそそのかされてつまらないことに金を注ぎ込むよりも、まずは、日本に0.06%しか残っていない潜在自然植生の森をこれから増やしていきますという宣言でもして、川内村を有名にしたらどうだろう。そのほうが全国区のPRになるし、長い目で見て、村にとって大きな、本物の資産になる。
手始めに、大津辺の森を「潜在自然植生宣言の森」として指定し、外に向かってPRしたらいい。
日本が本来持っていた自然の植生を、これから150年かけて観察していける場所を作りました、というPRである。
それを実現するために、つまり、それだけの「余裕」「ゆとり」を持ちながら、村民がどうやって生きていけるのかを考える。難しくても、それこそが本当の生き残り戦術である。
税金からもらえるものはもらう、土地の自然環境を破壊しても、金に換えられるものは換える、あとは知らん、という発想ではだめだ。

これこれ。これが本来の雑木林の姿。まだまだ若いが……


木々の間から見える遠くの日だまりに紅葉が


ジョンには紅葉の美しさが分かっているのかなあ。犬は色盲だというけれど、そうなのかなあ


誰も見ることがない大津辺の森の紅葉。このまま見守る余裕のない人間は、いずれ滅びるだろう


10月18日、福島県自然保護協会理事の横田清美さんを講師に迎え、大津辺の森で自然観察会が行われた。
横田さんも、この森は面白い! と感心していたそうだ。
「本県の木はナラの木ばっかり、アカマツばっかり、ブナばっかりの林が多いのですが、ここは優先する木がなんなのか、すぐには答えられないほど樹木の種類が豊富です。しかも、自然観察会でよく話題になる人気の樹木がごろごろあります。人が利用できる木(新芽や果実が食べられるもの、薬になるもの、生活道具になるものなど)も多く、もしこれが自分の裏山だったら自給自足にもってこいだと思いました。さすがは川内村! 森の質・中身が違います」(きのこ里山の会会報「ユカルひろば」09年神無月号より)
この日観察された樹木・草木は、ざっと並べただけでも以下のようにたくさんある(同上、会誌より抜粋)。

ケヤキ、モミ、ブナ、イヌブナ、コナラ、クヌギ、クリ、ミズナラ、ヒトツバカエデ、 ガマズミ、ツルリンドウ、ヤマオトコ、ツルウメモドキ、クマヤナギ、オトコヨウゾメ、キイチゴ、サンショウ、イヌザンショウ、ツノハシバミ、サルトリイバラ、アケビ、チゴユリ、ヤマウルシ、ヌルデ、シデ、ウツギ、オトコヨモギ、イチヤクソウ、クロモジ、エビネ、タカネソウ、ヤマボウシ、リンドウ、イワカラミ、リョウブ、サンカクツル、ウリハダカエデ、ムラサキシキブ、ズミ、コシアブラ、ハリギリ、マムシグサ、コハウチワカエデ、ハンノキ、アワブキ、マツブサ……。

森に囲まれた川内村でも、潜在自然植生の山はほとんど残っていない。杉や赤松、唐松の人工林に覆われた山のほうが多い。そうしたエリアの景色は、日本のどこに行っても見る「いわゆる田舎の風景」である。川内村でなければ見られない風景ではない。そのことに、地元の人がいちばん気がついていないのが悲しい。まれに、移住者でも、まったく分かっていない人がいる。そういう人の軽薄な発言や行動に接するたびに、ああ、これはどうしようもないな、と、暗澹たる思いになる。
この村は、人間だけが住んでいるわけじゃない。人間より歴史の長い、あらゆる生物たちが生きている。まったくと言っていいほど通る車もない林道を舗装し、イモリの子が登れず死滅してしまうように変えてしまって、「ふるさと林道」などと言っているのは、とても恥ずかしいことだ。

大津辺と、この隣の黒佛木(くろぼっけ)山一帯は、このまま手をつけなければ潜在自然植生の推移を観察できる貴重な森である。
ここに、CEFは2500kwの巨大風車26基を建てると言っている。
そもそもこの土地の大半は村有林なのだが、村に一言の挨拶も説明もないまま、勝手に環境影響調査申請など、手続きを先に進めた。どういう神経なのだろうか。

潜在自然植生について、我々はもっと意識革命していく必要がある。
ウィキペディアの「宮脇昭」の項目に、非常に分かりやすい説明があるので、そのまま引用してみたい。太字箇所は私が施した。

宮脇 昭(みやわき あきら、1928年(昭和3年)1月29日 - )は岡山県川上郡成羽町(現・高梁市成羽町)出身の生態学者。理学博士。広島文理科大学生物学科卒業。ドイツ国立植生図研究所で潜在自然植生理論を学び、横浜国立大学教授、国際生態学会会長などを経て、1993年より財団法人地球環境戦略研究機関国際生態学センター長。横浜国立大学名誉教授。

国内外で土地本来の潜在自然植生の木群を中心に、その森を構成している多数の種類の樹種を混ぜて植樹する「混植・密植型植樹」を提唱し活動している。

「日本の常緑広葉樹を主とする照葉樹林帯では土地本来の森は0.06%しか残っていない。ほとんど人間が手を入れて二次林や人工的で単一樹種の画一樹林にしてしまった。これが台風や地震、洪水などの際の自然災害の揺り戻し(二次災害)が起こる諸悪の根源である。その土地本来の潜在植生は、「鎮守の森」を調べればわかる。大抵、シイ、タブノキ、カシ類の木々が茂っているはずだ」と言う。

とくに、「スギやヒノキ、カラマツ、マツなどの針葉樹林は、人間が材木を生産するため人工的に造林したもので、人が手を入れ続けなければ維持できない。本来の植生は内陸部ではシラカシなどの常緑広葉樹、海岸部はタブノキ、シイ等のいずれも照葉樹林が本来の姿である。現在の針葉樹では20年に一回の伐採と3年に一回の下草刈りが前提で、それをやらないと維持できない偽者の森である。マツにしても、元々条件の悪い山頂部などに限定して生えていただけのものを人間が広げてしまったのだからマツクイムシの大発生は自然の摂理である。その土地本来の森であれば、火事や地震などの自然災害にも耐えられる能力を持つが、人工的な森では耐えられない。手入れの行き届かない人工的な森は元に戻すのが一番であり、そのためには200年間は森に人間が変な手を加えないこと。200年で元に戻る」と主張している。 門下生として、藤原一絵、大野啓一など多数の生態学者を生み出している。


土木業も、やり方次第である。従事している人たちが暮らしていけるだけの儲けが出ればいいのであって、不必要に大量の材料を注ぎ込んで舗装道路を造りまくり、魚が登れない堰堤、水生生物から住処を奪うU字溝やコンクリートでの護岸工事を進める必要はない。
環境を壊さない整備の仕方というものがある。そういうデリケートな設計をできる人材を育てること、細やかな環境整備ができるよう業者を再教育することが必要だ。まずは、工事中、ゴミを捨てるなという、あったりまえのことから守らせたい。山に平気でゴミを捨てる神経の人たちに、細やかな工事は望めない。

越後で一生を終えるつもりでいたところ、2004年10月23日の中越大地震で、家を失ってしまった私たちが、この川内村に住み着くようになった大きな理由は、雑木林の美しさだった。
初めてこの地を訪れたとき、滝根小白井側から県道小野富岡線を通って入ってきたのだが、小野町を過ぎたあたりから風景が変わっていくのが分かった。杉林から雑木林に変わっていくのだ。
越後は杉林ばかりだった。我が家の周囲も、放置され伸び放題になった杉林に囲まれ、自然が貧相だった。
本来、阿武隈よりも越後のほうが土壌は豊かだったと思う。それなのに現在の越後が植生も動物相も貧困なのは、雑木林をなくしてしまったからだと、この阿武隈の地にやってきてから気がついた。
地震で簡単に地滑りを起こし、被害を大きくしたのも、山を杉だらけにしてしまったせいもあるだろう。
ここ川内村、特にうちの周囲には、まだ雑木林の山が残っている。その魅力が大きくて、相当な無理をして今の家と土地を買った。
引っ越してきてすぐ、ここに移り住む最大の理由であった目の前の雑木林を皆伐するという危機に遭遇した。その話はなんとか退けることができたが、今度の風車危機は、はるかに大きな危機だ。
移住者の中には、私のこの姿勢を、単なるNIMBY(Not In My Back Yard=公共性、社会的必要性は分かっているけれど、我が家の裏庭にはほしくない)だと非難する輩もいる。
しかし、風車は公共的に必要なものではない。儲かるのは一部の業者と天下り先を増やしたい官僚だけ。我々庶民にとって有効な電気を生むわけではない。大渋滞を解消するためにこの道路建設はどうしても必要です。ここに道路を造らせてください……というような事案とはまったく違う。日本における巨大風車ビジネスは、税金、補助金、協賛金を狙った悪質な詐欺犯罪以外のなにものでもない。私自身、風車問題を調べ始めるまでは、ここまでひどいとは思っていなかった。しかし、恐るべきことに、これが事実だった。知ってしまった以上、疲れ果てて黙ることはあっても、嘘はつけない。

田舎に移住しようとする都会人にひとつ言いたいのは、自然を死守する覚悟がないならやめておきなさい、ということだ。土建行政、補助金行政で田舎暮らしを続けようというのは無理であるし、なによりもその土地のためにならない。稀に、分かった気になって、間違ったエコ説法や、うわべだけの「地元民の視点」を述べたりする人がいる。自分の間違いに気づかず、いつまで経っても本質を理解できないので、いちばんタチが悪い。
そういう中途半端な意識の都会人は、移住するにしても、山奥ではなく、「地方都市」に住んだほうが幸せだろう。福島県なら、郡山市やいわき市のちょっと郊外、あるいは白河とか矢吹とか、その程度の町に移り住めばいい。そのほうが、きっと自分にあった暮らし方ができるはずだ。
勘違いしている都会人は、山村の暮らしをかき乱し、結果としてかえって環境破壊を進めるだけで、誰のためにもならない。タヌキやアナグマにとっても、そういう都会人が山奥に住むと迷惑、いや死活問題につながる。
そうではなく、潜在自然植生の山に価値を見いだせるタイプの人たちに、もっといっぱい山奥に移住してもらいたい。本来、人間はどう生きていけばいいのか、どうすれば幸福を追求できるのかをじっくり考えていこうとする人たちが増えれば、もともとそこで暮らしていた人たちと、農業や林業の面でも、よい方向に答えを見つけていけるかもしれない。
幸い、この村には何十年も前から、そういう人たちがぽつぽつと移り住んできている。彼らがいるからこそ、僕もまだここに住んでいられるのだと思う。
そして、ここに生まれ、育ち、今、年老いてもなお、毎日畑や田圃に出て腰を曲げて働く老人たち。彼らもまた、山の大切さ、偉大さ、繊細さを、直観としてとらえている。巨大風車が危険なものであることくらいは、理屈を待たずに、本能で感じ取ることができる。
川内村に光を見るとすれば、彼らの存在だろうか。
無理せず、山を畏敬しながら、知足の心で生きていく。そういう人たちが増えていってほしい。
都市で行き詰まった金儲けを打開するために、貧しい過疎地に目をつけ、エコエコ詐欺をはたらく人たちに言いたい。自分の人生を、もう一度見つめ直したらどうですか?
オマケ

夜、窓にやってきたナナフシ


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