2011/09/30

川崎の仕事場閉鎖を決意

のぼみ〜と一緒に、川崎の仕事場(事務所)に移動してきた。
いろいろ考えるところがあり、この事務所(木造長屋)を処分して、福島に近い場所に移転しようという計画を立てているところ。
川内村でべたっと生活しているため、この事務所がほとんど倉庫代わりにしかなっていないことと、二人残っている親(横浜と逗子にいる)のことを考えたとき、いざというときの拠点はここ川崎市麻生区では不便なことになるだろうから、今のうちに処分して動きやすくしておこうという意図。
3.11以降、いろいろなことが急変していたが、金もないし時間もないし動く気力もない。でも、ここで動かなければ、今後ずるずると事態は悪化する一方だろうと思って、少しずつ動こうと決意。
友人が最近父親が癌で亡くなり、母親が完全に痴呆と体力低下で老人ホーム入りを余儀なくされ、両親の家を整理した経験を語ってくれた。
今やっておかないとどうしようもなくなるよ、と背中を押された。
僕らは子供がいないから、親の後は自分たちの死後を片づけてくれる人がいない。今こそ身辺整理をする最後のチャンス、というわけだ。
川崎の事務所は、この前の颱風でアンテナが倒れ、庭はジャングル化、屋根から壁にかけて蔦が絡まり、えらいことになっている。

蔦が雨樋を伝って隣家の壁にまで……


颱風で倒れたアンテナ。VHFはもう用済みなので処分


隣家の屋根は颱風でてっぺんが吹き飛ばされていた


うちのベランダの屋根。うわあ


アンテナをまた建てた。今度はしっかり支えたが、支柱がもうサビだらけ


のぼみ〜はどこにやってきてもすぐに慣れる


遠慮はぜんぜんない


あ〜F3キーおしちゃった

このままだと、精神状態がどんどん落ち込むのが怖い。
村の状態がまさにそうで、放射線量は大したことがないのだが、人々の心が完全に壊れてしまった。
先日の植樹祭のとき、それを痛感した。
周りの人たちが村のことを気にかけてくれて、実際に金や時間、エネルギーを割いて動いてくれているのに、当の村がしら〜っとしている。そこにいる僕も、異分子として敬遠され、頑張る場がない。
これではせっかく村にいても、村のために何かをやれない。これから先、どんどん壊されていく村を間近に見ながら、ただ家の周りの自然を眺めて毎日暮らしていても、意味のある仕事はできないだろう。
そういう思いがこのところずっとあった。

一方で、村の外では、僕を呼んでくれる人たちがいて、価値観を共有する喜びがある。12月には白河市で狛犬ツアーのガイド役に呼ばれている。3.11以降ちりぢりになってしまった自然農法やパーマカルチャーなどを一生のテーマにして阿武隈に集まってきていた人たちとも、今まで以上に強力なネットワークを形成して、いろいろ活動できそうな気がする。

川内村がもう活動拠点にはなりえないのではないかと決定的に思ったのは、先日の「復活の米の顛末」事件だ。
この日記でも何度か紹介してきた秋元美誉さんの田圃で、10月2日に収穫が行われた。
よしたかさんは今年、「30km圏内は一律米の作付け禁止」という国と県からの指示に抗って「それでは自分の田圃で穫れた米にどれだけの放射性物質が含まれているのか分からない。出荷するためではなく、自分でそれを調べるために作付けする」と言って、田圃1枚だけ作付けをした。
このことは、どんよりした空気に包まれたままの川内村で、唯一希望のシンボルだった。
メディアも何度も取り上げ、報じた。


あえて田1枚コメ作り 放射能の影響「自ら試す」 川内(河北新報、5月23日)

「調べなきゃ分かんねえ」 コメ作って食べる農家の意地(朝日新聞、9月29日)

万感の稲刈り25アール 準備区域解除の福島・川内(河北新報、10月3日)

コメ農家「放射能との闘い」 福島30キロ圏(神戸新聞、10月4日)

しかし、よしたかさんのこの願いは叶えられなかった。
収穫の後、すぐに県と村から人が来て、収穫した米をその場で全量廃棄させたのだ。
自分の手で民間検査機関に出して調べたいというよしたかさんの希望も叶えられず、米は一粒たりともよしたかさんの手元には残されなかった。
一部を「しかるべき機関で検査する」と役所が持ち帰っただけ。

詳しくは、
「自然山通信ニシマキのかわうち通信」(10月5日『復活の米の末路』)
に出ている。

当のよしたかさんはもちろん相当なショックを受けたが、ずっと見守ってきた僕たちもショックだった。
これで完全に踏ん切りがついた。
この村にいてなんとか道を見つけようとしても、これでは頑張りようがないではないか。
明らかに間違った指示・命令であっても、国の言いなり、県の言いなり。村は抵抗さえ示さない。
怒りを通り越して、ただただ絶望した。

今後の活動拠点を考え直す必要がある。その思いを強くした。

災害の被災者、被災地が復興をかけて頑張っていますよ、というような図を、メディアは示したがる。しかし、そんな単純な構図ではないのだ。
上の図は飯舘村(左)と富岡町(右)の歳入内訳(クリックで拡大)。原発がある町と、原発に頼れない町ではこれだけ違う。
ちなみに飯舘村は面積230平方キロに人口約6000人。人口密度は26人/平方キロ。富岡町は69平方キロに約1万6000人。人口密度約217人/平方キロ。
富岡町の「税収」には、もちろん福島第二原発そのものから入る税収もあるし、関連事業、関連企業などからの税収も含まれている。
富岡町が事実上消えてしまった今、川内村は、この富岡町的財政モデルをめざしているように見える。もはや村が自分で立ち直ることは無理だと判断してのことだ。
村にはまだ何人か、最後の抵抗を試みて、「自立再生」の可能性を捨てていない人もいる。その人たちと一緒に何かをするためにも、どうも、村の中から動かそうとするより、少し距離を置いた場所から間接的に活動したほうが実効性が高いのではないかと思い始めている。
そこまで一気にバランスが崩れてしまったということだ。


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