2011/12/10 

 北千住駅と白坂駅

赤坂のビジネスホテルで9時にお目覚め。
『カーネーション』の再放送を見ながら身支度を調え、一旦、おうちへ戻るためにまた特急きぬに乗る。
北千住駅で45分くらい余裕があったので、飯を食う場所を探しに外へ。
1番出口を出るといきなり怪しい雰囲気の路地だった。
でも、面白そうだな。なんでもある。
ラーメン、インド料理、和風の居酒屋から立ち飲み屋まで。
こだわりのありそうなラーメン屋に入って、醤油ラーメンを注文。

人気店らしいが、開けたばかりで、まだ客はまばらだった


醤油味のラーメンを注文したら「背脂抜きとありがありますが」と言われた。これは抜き

特急きぬで新鹿沼へ。乗り換えて下小代。迎えに来てもらい、一旦おうちへ。
エリザベスカラーをつけたのぼるは情けない顔になっていた。

これは前夜、助手さんがケータイで送ってきた写真

十分休む間もなく、今度は文挟駅に送ってもらい、宇都宮線と東北線を乗り継いで白坂駅をめざす。
翌11日は、朝7時50分集合で狛犬ツアー。今晩は集合場所になっている神宮寺に泊めていただくのだ。
車で行くつもりだったが、助手さんがみ〜ちゃんを鹿沼まで引き取りに行かなければならないので、電車で行き、駅まで迎えに来てもらうことにした。
神宮寺からいちばん近い駅は新白河か白坂。電話したら、新白河のほうが行きやすいということだったが、わがままを言って、白坂駅にしてもらった。
白坂は母方の実家があって、子供の頃はよく預けられていた。夏休みの間などは、ずっと白坂にいたので、思い出深い。
小学校1年のときから、上野駅で鈍行に乗せられ、木のボックス座席で、することもなく、昔は5時間くらいかかっただろうか、ひたすら「白坂駅はまだかなあ」と汽車に揺られていた。
僕が、長時間の電車乗車が嫌いなのは、この頃のトラウマがあるのかもしれない。
懐かしい白坂駅を見たいと思って「白坂駅に迎えに来てください」とお願いしたのだが、すぐに気がついた。日没が早い今は、白坂に着く前からまっ暗で車窓からも何も見えないだろう、と。
失敗したなあ。新幹線の特急券代3000円をケチってまで鈍行を使う意味はなかったかな。

JR日光線はきれいな電車だが、ドアは自分の手で引いて開けないといけない。
宇都宮駅は、大宮駅に比べると小さい。しかし、新鹿沼駅よりはずっと大きい。
トイレに行こうとしたら、長蛇の列で諦めた。このへんで、ますます在来線利用にしたことへの後悔の念しきり。



乗り換えの黒磯駅。待っていたのは2両編成の列車

白河の親戚に預けられていたときの想い出は、痛いことばかりだ。
ハチに顔を刺されて激痛に悶えること1週間あまりということもあった。
いちばんの痛みは、従兄が畑で作業をしている横にいたとき、土の付いた鎌の刃先が左目に入って、あわや失明の危機に至ったこと。
従兄は10歳上で、そのとき中学生だった。彼は実の母親が再婚するときに相手方(本来なら新しい父親)に連れ子を拒否され、叔父さん(母親の兄)の養子になって白坂の家に預けられていた。
このとき、どんな状況だったのか、分からない。
僕を脅かそうとして、顔の前に鎌をぐっと近づけようとしたところ、寸止めに失敗して刃先が目に入ってしまったのかもしれない。あるいは、野菜の葉っぱとか根っこに鎌が引っかかってしまい、力の加減が狂って刃先が隣に座って覗き込んでいた僕の顔まで行ってしまったのだろう。
いずれにせよ、土のついた鎌の刃先が虹彩に刺さった。従兄は泣き叫ぶ僕をおぶってすぐに家に戻ったが、「土が入っただけだ」と言い張った。
親戚のおばさんは、いつまでも痛がる僕を見て、これはおかしいと思い、隣の白河にある眼科に連れて行った。
眼科では、このまま一晩放置していたら失明していただろうと言われたそうだ。
目の治療は、ひたすらホウ酸水?でごしごしと目玉を洗うというもので、ものすごく痛かった。治療は東京に戻ってからも1年以上続いた。
そのことは長い間忘れていたのだが、歳をとって、その古傷がほころぶというか、ときどき左目の角膜が糜爛を起こす。何軒も眼科を回ったが、治療法はないという。しかも、今後、歳をとればとるほど糜爛は起きやすくなると。
古傷のところが弱くなっているので、ちょっとしたことで角膜がそこからベリッといくらしい。そうならないように注意して生活することしかできない。

ここ数年はそれでずっと悩まされている。毎日、目薬が手放せない。
朝起きたときがいちばん危なくて、寝ている間に眼球の表面が乾くため、パッと目を開けた途端に角膜の表面が剥がれて傷がつく。そうなると数日、痛みと涙でまともに目が見えなくなる。
朝起きるときは、まず右目だけを開ける。次に左目をそっと開け、枕元に用意してある目薬をすぐに差して眼球の表面を潤滑させてから起き上がる。
そういう生活がもう何年も続いている。
それでも年に何回かはひどい角膜糜爛が起きて痛い目に合う。


……あのとき、おばさんが病院に連れ込まなければ、一生、片目だったのかもしれないなあ、と思いながら、白坂駅までの駅名を確認していた。
たかく、とか、くろだはら、とか、どれも懐かしい響きだ。
あの頃は、黒磯駅がひとつのポイントで、黒磯で釜飯弁当を買うのが楽しみだった。
黒磯で買った釜飯を食べながら、あともう少しで着くぞと、残り駅を数えながら乗っていたものだ。

預けられていた家は、白坂駅の手前にあるトンネルそばにあったのだが、とっぷり日が暮れていたためか、トンネルを通らないルートに変更になったのか、トンネルの存在は確認できなかった。

白坂駅で降りたのは僕だけだった。
で、ここでさらに「想定外」の事態が待っていた。
かつて数人の駅員がいた木造駅舎の白坂駅は消えていて無人駅になっていた。
それはまあ想定内なのだが、Suicaが使えなかったのだ。
文挟も無人駅だが、Suicaの認証機械があるので、ケータイをあてて「ピッ」と通過するだけなのだが、このままだと降りたことにならないままになってしまう。
車掌さんに「文挟からモバイルSuicaで乗った」と言うと、「文挟?」と、手持ちの機械で調べ始めたが、なかなか分からない。
「ふばさみってどこですか?」
「日光線ですよ」
「日光線? ないなあ、そんな駅」
「ありますよ。宇都宮からちょっと先」
「ないなあ……」
どうも、車掌さんは「文挟」が読めなかったらしい。
結局、5分くらい電車を停めてしまった挙げ句、千円札が1枚しかなかったので1万円札を出そうとしたら、「お釣りがないから、いい」と突き放され、電車は去っていった。

これで明日、帰るとき、新白河でまた駅員に事情を話してモバイルSuicaのデータクリアをしてもらわないといけない。面倒なことになった。

無人駅になった白坂駅。情緒はないなあ
歩線橋も昔はなくて、線路を歩いて渡っていた


駅前もまっ暗で、結局なんだかよく分からなかった

神宮寺の住職は、法事があって飲んでしまったそうで、昔の教員仲間(神宮寺の住職は元教員)のかたが立派な車で迎えに来てくださっていた。
このかたがなんと、浪江町からの避難者で、車中、原発爆発直後からのことを克明に教えてくださった。
家は津波で流され、すんでのところでご自身も海に呑み込まれるところだったそうだ。
いちばん汚染がひどかった津島地区に避難させられたことや、奥さんとバラバラになってしまって数日、会えなかったことなど、リアルな証言を聞けた。
今は矢吹に避難しているらしい。

国や県がやっていることは最初から最後まで滅茶苦茶で、『裸のフクシマ』に書いた内容の後にも、まだでたらめが続いている。
最近では、12月6日に文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会(能見善久会長)が求めた「警戒区域、計画的避難区域などを除く福島県の23市町村を対象に全住民に1人あたり8万円、妊婦と18歳以下の子どもに1人あたり40万円」という賠償金問題。
福島県に暮らす人々が大変な被害を被ったのだから、とりあえず一律で補償金を支払うのはいいのだが、この23市町村の選定根拠がまったく理解できない。
該当する23市町村とは、
福島市、二本松市、本宮市、桑折町、国見町、大玉村、郡山市、須賀川市、鏡石町、天栄村、石川町、玉川村、平田村、浅川町、古殿町、三春町、小野町、相馬市、新地町の19市町村と、いわき市、田村市、伊達市、川俣町の4市町(すでに補償金が支払い開始されている緊急時避難準備区域など以外)。
白河市などは、かなり汚染されているにも関わらず外されていて、汚染の度合いが低い石川町や玉川村、平田村、浅川町、古殿町、小野町などは入っている。
汚染の度合が根拠だというなら、実態に合っていない。
また、会津などは汚染が低かったが、「福島」というレッテルを貼られて農産物などが売れなかったり、浜側からの被災者を受け入れて苦労したことに対する思いやりがまったく見られない。とんでもない選定だ。
もとより、被害の度合は人によって大きく違い、補償の不公平は避けられないのだから、補償するなら福島県内全域というようなくくりでやるしかないのは分かりきったことなのに、この無神経さ、間抜けぶりはなんなのだろう。
もう、話題にするのも嫌になる。
18歳以下の子供は40万円だから、例えば子供が3人いる5人家族では136万円になる。136万円がもらえるもらえないの差はとんでもなく大きい。


もらえる・もらえないを分けた、理解しがたい線引き


今回、狛犬ツアーを企画した野出島地域活性化プロジェクトは、白河市なので、夕食のときなどにこの話も出た。隣の、汚染が低い石川町や浅川町はもらえて、汚染が結構高かった白河市がもらえないというのはどういうことか、と。
それでも、白河の人たちは、「そんな口止め料みたいな金のことで騒ぐより、これから先もずっときちんとものを言えるようにすることが大切」と、毅然とした態度の人が多く、感心させられた。

毎日、いくらもらった、何をやるなという話ばかりしている川内村の中にいるのとは大違いで、早朝からバス2台連ねて狛犬を見て回る企画を立てるのである。
人生を楽しむ、好きなことをやる……この精神がいちばん大切だ。

「死んだふり作戦」に徹する30km圏の自治体には、この姿勢をぜひ見習ってほしい。
間違えないでほしいのは、今回の狛犬ツアーは原発震災とは関係なく、もともと企画されていたものであって、それが震災によって消滅することなく、平然と、あたりまえのように行われているだけだということだ。
狛犬で復興を、とか、そんな肩肘張ったものではない。俺たちはこういうことが好きだから、やりたいからやる。地元の文化をしっかり守っていき、楽しみたいからやる。それだけのことだよ、という自然体。
この自然な姿に、本当に救われた。

自慢の手打ち蕎麦でもてなしていただいた。お世辞ではなくうまい

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