2012/04/05の2

  川内村に「一時帰宅」(承前)


沢もいつも通りの光景。嵐で蟹池はすっかり土砂で埋まってしまっていたが、山葵池は無事だった。

山葵池には一見して産卵していないように見えるが、落ち葉に隠れているのかもしれない


タヌパック阿武隈も無事


沢水導入パイプを復活させ、水を入れる

今回は荷物の移動が目的。プジョーの夏タイヤ4本。本当ならここで作業を自分でやるのだが、いちいち運ばなければならない。
不調のVoIPアダプタと電話機も入れ替えのために運ぶ。その他もろもろ。
借りている倉庫からも荷物を少し運び出すために縫製工場跡へ。
驚いたことに、閉鎖されていた縫製工場には車がいっぱい停まっていて、人が出入りしていた。
除染部隊として外から入ってきた人たちの飯場になっていた。
倉庫から段ボールを運び出したら、ねずみが一匹、箱から飛び出してきた。
壁をよく見ると穴を空けている。ネズミ出入り自由になってしまっているのね。

ネズミが囓って開けた出入口


家に戻ると、弁天池にまで水が届いていた


この卵は産みつけられて1週間は経っていそうだ

コレジオのピノコさんが昨日から荷物の片付けなどのために川内村に来ている。
明日の合同入園入学式に出席してから戻るとのこと。
昨日、僕らが強風と雪で移動を断念した中、電車が止まっているのにバスでなんとか村に到着。いざ、蝉鳴寮(せみなりお=コレジオ所有の別荘。元保育所)に着いたら、ストーブはつかないわ水は出ないわで、「自宅遭難」状態になっているらしいことをケータイメールで知った。
様子を見に行く。

村の中心部に入ると、車がたくさん行き来していて、3.11前よりずっと人が多い。
ほとんどは村の外から除染作業などに入ってきた人たちのようだ。
モンペリもがんばって店を開けている。よかった。
水が出ないという蝉鳴寮に行く前に、暖かい缶コーヒーとおいなりさんを購入。

こうして頑張って店を開いても、原発爆発前の収入には追いつかない。で、補償金は、店を再開して稼いだ分は差し引かれるから、商売をしていた人も、商売を再開させないほうがむしろ収入を確保できるというとんでもないことになっている。
それでもこうして仕事を再開している人もいれば、今なおじっと何もせずに補償金の満額支給を第一に考えている人もいる。
このバカげた補償システムを変えない限り、村の復興なんて嘘っぱちだよね、という会話をちょろっと交わしてから蝉鳴寮へ。

頑張って店を開け続けているモンペリ
中国製のデジタルアンプ、ほしくなりました」と若旦那
ダメダメ、そんな無駄遣いしていちゃ。でも、気分転換や娯楽は必要だね


役場も再開している


蝉鳴寮到着。ここで何年か前にKAMUNAライブをやらせてもらったのだよなあ……

ピノコさんと話をしながらお茶。その後、しげるさんに呼ばれて、明日の入園入学式のために呼んだミュージシャン一行と一緒に晩飯を食べさせてもらった。

厨房で晩飯の準備をするしげるさん


すっかりごちそうになって、ミュージシャンたちとはCubaseだの音源だののオタク話をして盛りあがり、のぼみ〜の待つ日光へとんぼ返り。

村には灯りのついている家が増えた。ずいぶん帰ってきているのだろうが、統計上はまだ避難中ということになっている家が多いのだと思う。

村の風景は変わっていないのに、空気は確実に変わってしまった。
除染で送り込まれた人たちが作る飯場がいちばん明るくて、飲み屋の看板にも灯が入っている。
行き交うのは除染部隊と外から取材に来るメディアの人たち。
明日の入園・入学式というのも、保育所から中学まで合わせて子供は30人くらいらしい。それより多い報道陣が押しかけるから、どうしたら報道陣のおっさんたちの姿を映像に入れずに、子供たちだけをきれいに撮るかという事前の打ち合わせをしていたのがなんともおかしかった。
1日、久しぶりに村の中にいて、なんだか「パラレルワールド」に入り込んだような気分だった。
自分の家に戻ってきても、以前のような安堵感が得られない。
家の周りは同じ景色なのに、なにか落ち着かない空気が流れている。
人はむしろ3.11前より増えた気がするが、そこで営まれていることは「生活」ではなくて、別のこと。
何をやっても外からの借り物だったり、ただのお金の動き、日銭稼ぎの現場風景になってしまう。
メディアの人たちは、だんだん慣れてきてしまって、どうやったら視聴者向けの、あるいは上司が認めてくれる絵作りができるかを考える。その意味では報道も「避難地域の村の絵を撮る」という作り上げられた「お仕事」になってしまっている。
言い換えれば、川内村は、報道関係者だけがネタ探しにやってくる特殊な観光地のようになってしまっている。一般の人たちにとっては「情報として名前だけは聞いたことがあるが、それ以上の興味はわかないフクシマのひとつ」というところか。
報道されればされるほど、普通の村、あるいは自然の美しさがまだ残っている魅力的な村という本来の姿は伝わらない。

山木屋太鼓のように、そこから生まれ、育て上げられた、芯のある文化、あるいは、よしたかさんの田んぼのように、絶対に揺るがない信念に支えられた一次産業が、この村には希薄だったのだろうと、改めて思う。
だから、揺さぶられたときにガラッと崩れる。復興と言っても、何が「戻るべき姿」だったのかが見えない。
漁村で港や船や加工場を流されても、元に戻る姿まで消えてしまうわけではない。そこでもう一度今までのような文化を築き上げるために、人々がやるべきことはおのずと見えている。
何にどのくらいお金を投入すれば、どういうことができて、どのへんまで頑張れるか、といった具体的な図も見える。
しかし、お金を注ぎ込むことが第一目的だったような箱もの行政で固められた町や村は、崩されたときに戻るべき元の姿がしっかり見えてこない。
箱もの行政というのはお金を注ぎ込み終わった時点で任務完了、終わっているのだから。そこから産まれ育てたものがなければ、手段としてもう一度同じ箱ものを作る意味はない。

原発運命共同体というのもひとつの「文化」には違いない。
時間が経つにつれ、そう考えるようになった。
その文化を人々が受け入れてきた時間が長ければ長いほど、僕が考えていた「文化」のありようとは違う価値観が定着し、それがあたりまえだと感じる人たちが増える。
余計なことを言う人間は警戒され、静かに排除される。
よそ者が勝手なことを言うな。俺たちは「生活」していかなきゃならないんだ、と。
そういう「文化」であるなら、「異文化」として見ているしかないかなと、今は淡々と思う。
人間が作る社会って、そういうものなのだろう。

パラレルワールドなのではなく、今の村の姿が本当の姿に近かったのかもしれない。本質をより明解に見せているだけで。
今まで自分が見ていた風景のほうが、錯覚だったのではないか。

みんな一度は、何かしたいと思ってここにやってくる。善意であったり、理想を求めてのことであったり、動機は様々だ。
そして、何かが違う、自分は勘違いしていたのかなと感じて去っていく。

mixiで知り合った女性が、興味深いことを言っている。

彼女は最近、「ザ・一生もの」というコンセプトで雑貨・文具などのセレクトショップを始めたいと思い始めた。
自分で使ってみて、本当にいいと思ったものだけを置く店。
青森ヒバのまな板、オールステンレスのキッチンばさみ、昔ながらの金属製弁当箱、刃物類……などなど。
で、こんなことを思うに至るきっかけは、僕の情報発信を通じて知った、大工の愛ちゃんや、郡山の野菜ソムリエの藤田さん、美誉さん、飯舘村の人たちなど、地域を愛し、地域の文化を自分たちで作り上げて行こうとする人たちの存在を知ったことだという。

//多分、たくきさんと知り合わなかったら、私は今でも「私のまわりにはあれもない、これもない。面白くない」と不満ばかりで、結局自分の世界に閉じこもっていたと思います。//

震災後、彼女は地元の保健センターに、双葉町からの被災者が来ているのを知り、何かできないかと、似顔絵を描きに行ったという(彼女はイラストレイターで、似顔絵は得意分野であり、仕事にもしている)。
でも、すぐに「これは違うな」と気がついた。自己満足に過ぎないではないか、と。
そんなときに愛ちゃんが広島のイベントで訴えた動画を見て、さらに悩む。
本当に何かできないものだろうか……と。
でも、結局何もできなかったと。
で、結局、自分にできることは、//自分がいいと思う、楽しいと思う、美しいと思う文化を、小さなことからコツコツと作り上げていくこと、伝えていくこと、そしてできたら共有していくこと、それぐらいしかないのだと、思い知らされた//という。

「あれもない、これもない、面白くない」と言っていても始まらない。面白くないなら、自分たちで面白くしていけばいい。自分が住む地域に木が少ないなら、あちこちに働きかけて、自分で植えてしまえ!ぐらいの勢いで生きていきたい……と。

これは僕が考えていることとまったく同じで、文化はひとりひとりが自分の人生を楽しむところから始まる。
今、世間で言われている「生活」とか「復興」とか「絆」とかいう言葉には、楽しさが感じられない。
「安全」や「子供たちの命を守れ」も同じだ。楽しい人生、生きていく喜びがあってこその「生活」であり「安全」じゃないのか。
物理的に人間を移動させたり、金を投入して外から何かを持ち込んでも、それだけでは本当の生活、安全、生き甲斐は生まれない。

例えば、東電が原発立地の住民を懐柔するために寄贈した楽器であっても、それを魂を込めて演奏する人間がその村に育つのであればいいことだ。
でも、寄贈という行為だけが目的で、後は眠っているだけの楽器から感動する音楽が生まれるはずもない。
楽器が津波で流されても、火事で燃えてしまっても、その楽器が人々の中に音楽を愛する心を植えつけていれば、必ず文化はまた根づくし、前より大きく育っていく。
文化というのはそういうものなのだ。金やものではない。心であり魂から生まれる。その心の余裕を得るために金やものが必要なのであって、その逆ではない。

……そんなことを考えさせられた数日間だった。

時間が必要だ。見極めるためにも。
その後に何が残り、何が始められるのか……。


たくき よしみつ 新刊情報

4月20日発売 『3.11後を生きるきみたちへ 〜福島からのメッセージ』(岩波ジュニア新書)


『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』(岩波ジュニア新書 240ページ)
『裸のフクシマ』以後、さらに混迷を深めていった福島から、若い世代へ向けての渾身の伝言

第1章 あの日何が起きたのか
第2章 日本は放射能汚染国家になった
第3章 壊されたコミュニティ
第4章 原子力の正体
第5章 放射能より怖いもの
第6章 エネルギー問題の嘘と真実
第7章 3・11後の日本を生きる

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裸のフクシマ  『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』(講談社 単行本352ページ)
ニュースでは語られないフクシマの真実を、原発25kmの自宅からの目で収集・発信。驚愕の事実、メディアが語ろうとしない現実的提言が満載。

第1章 「いちエフ」では実際に何が起きていたのか?
第2章 国も住民も認めたくない放射能汚染の現実
第3章 「フクシマ丸裸作戦」が始まった
第4章 「奇跡の村」川内村の人間模様
第5章 裸のフクシマ
かなり長いあとがき 『マリアの父親』と鐸木三郎兵衛

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