2012/09/02の3

 モリアオのオタマが生き残っていた!(その3)


家の周りの木々はやたらと育って、母屋が見えなくなるほど


いつもの夏なら、ここでこんな光景を毎日見ていたはず


雨がまた強くなってきた。雨池に流れ込む雨樋からの雨水を見ながら、しばし考え込む


傘をさして山葵池まで下りていった


流入した土砂が堆積している。オタマの姿はなかった。しかし、タゴガエルなどはしっかり生き延びているはずだ


雨がさらに強くなり、倉庫の中で雨宿り


スタジオの中に移動し、しばらく床に座り込んで雨音を聴いていた


網戸越しに見る雨の景色


どんどん強くなる雨


奥のおばあさんちに寄ってお茶。
昨日まで雨が一滴も降っていなかったらしい。
村のあちこちで「除染」が行われていて、このへんももうすぐ始まるという。
このへんは、村の中では平均的な汚染度だろうか。外で0.3〜0.4μSv/hくらい。場所によっては0.6μSv/hくらいのところもあるだろう。
でも、家の中ではほとんど0.2μSv/h台にまで下がっている。
これは郡山市や福島市の都市部では、ものすごく贅沢な「低さ」で、「いいね〜。安心だね〜」と羨ましがられるレベル。
そういう場所でせっせと「除染」が行われていて、都市に住む人たちはそのまま。「そんなところで子育てしているのは殺人だ」などと脅されて、子どもを連れ関西や九州まで避難し、一家離散状態の家族も多い。
そういう人たちはあくまでも「自主避難」だということで、ほとんど補償、賠償はされていない。

除染のバイトは、下請け末端でもそこそこ時給がよくて、おかげで今まで村の中で旅館やコンビニでバイトしていた人たちがみんなそっちに流れて行ってしまったという。
頑張っていたモンペリもついに閉店に追い込まれた。
単純に、金を注ぎ込めば再生・復興ができるというわけじゃない。金の使い方が問題なのだが、そこがまったくうまくいっていない。

避難区域の住民ひとりあたり10万円/月という「精神的損害への賠償」が、「家に戻った時点で打ち切り」というバカげた規定だったために、誰も避難先から家に戻ろうとしなかった。それはおかしいだろうと、細野が村に来たときにも何人かの村人が訴えていた図がテレビでも一瞬流れた。
僕も、この日記や裏日記を通じて何度も訴えてきた。
戻らない、仕事をしないほうが金がもらえるという賠償方法で復興などできるわけがない。人間の心がおかしくなり、コミュニティが崩壊する。
それがようやく認められたようで、最近、「自宅にいた期間についても一人10万円/月を支払う」ということに変わったようだ
奥のおばあさんなどは、親戚宅に避難していたが、すぐに家に戻ってきた。息子3人はもともと県外に出て独立していて、娘は村の中の離れた地区に嫁いでいる。夫とは数年前に死別して独居状態。
「おらは賠償金なんてなんももらえねえ」と言っていたが、これで彼女にもひと月10万円が支払われることになったわけだ。
期間は今年8月末まで

しかし、よかったよかったで済む話ではない。
賠償格差、支援格差問題はますます広がったということも言える。
いわき市は30km圏に食い込む部分を持っていたが、早々とそこを「緊急時避難準備区域」から外してくれと国に要請し、外させた。「緊急時避難準備区域」に自分の市が含まれることによる「風評被害」などを恐れたためだろう。
この外された30km圏部分は、そこそこ汚染がひどかった場所だ。

↑この図の黄色い線で囲まれた部分が旧「緊急時避難準備区域」だが、30km圏のうち、薄青に塗ったいわき市該当部分は外れて、ピンクに塗った田村市の部分は付け加えられた。
外されたうす青の部分で、有機、無添加をベースに商品開発・製造・販売をしていた夫婦は、移転先を探し続けて最後は長野まで流れていったが、賠償交渉は昨年9月末までの分で打ち切られたらしい。それも事後通告だったという。
当初は、東電の賠償担当者も「戸渡ですか? あそこはかなりひどかったのですよね。ご迷惑をおかけしてまことに申し訳ありません。精一杯賠償させていただきますので……」という調子だったのが、最後は「私どもとしてはご事情は重々理解しておるのですが、国の賠償指針に従っているだけですので、申し訳ありません」と、逃げの一手に転じられたそうだ。
東電としても、もはや実質上は国営会社で、賠償基準などは全部国側の指示で淡々とやってます、ということなのだろう。
国からの援助が入ってからは、東電の賠償への態度はかなり変わったように思う。
それまではへりくつをこねてなんとか逃げよう、値切ろうとしていたが、今はもう、国が金を出すのだから自分たちはただの事務処理係だ、という割り切りがあるように思う。
30km圏外でカフェを営んでいた友人は、去年の売り上げがあまりにも落ち込んだので、東電に経営損失補填の請求をしてみたところ、金額が大したことがなかったためか、あっさりと支払われたそうだ。
「おかげで、何とか一息です。しかし、これで終りにしようと思います。あまり気持ちのいいものではないですからね」と言う。
これがまともな感覚だと思う。
痛めつけられたけれど、また頑張るための金。そういう賠償や支援であってほしい。
しかし、30km圏での賠償金は、多くがそうはなっていない。もらうことでますます仕事から遠ざかり、生き甲斐がぐずぐずになり、精神がおかしくなっていく金。
賠償問題はどこかで線を引かなければ処理ができない、ということは分かる。しかし、その線引きがあまりにも理不尽なものだったりするから、傷がさらに広がっていくのだ。
広島長崎の被爆者も、爆心地から○kmの円から外れた人たちは対象外とか、後日市内に入って体内被曝した人たちは対象外とかにされてしまったし、水俣病の被害者も、対岸に住んでいる人たちは切り捨てられたとか、歴史を振り返っても必ずそういう悲劇、矛盾、理不尽なことが起きている。

大切なことは、そういうぐちゃぐちゃの中で、自分がつぶされてしまわないこと、心が破壊されないこと。
事情はみな違う。だから、単純に「あんたはおかしい」と責めることもできない。
しかし、これだけは言える。
最後は「自分で線を引く」ことが必ず必要になる。

おまえが帰村宣言などするから、賠償金の期間が短くなったのだ、などと言って首長を責める住民もいる。そういうのを見聞きすることが本当に嫌だ。大変なストレスになる。僕らが村を出た最大の理由はそこにある。

しばらくは、川内村はそうしたぐちゃぐちゃの渦中で揺れ動く。
メガソーラーだけではなく、木質バイオマス発電計画なんていうものも進んでいる。
毎年40町歩の木を伐る計算になると危惧する人もいる。
荒れた杉林、松林を間伐して、徐々に雑木林(照葉樹林)に戻すというのなら意味があるかもしれないが、よほどしっかりした人が指揮をしないと、ただ、村中を丸裸にするだけになってしまう恐れがあるだろう。
もう、なにがなんだか分からない。

繰り返しになるが、「放っておいてくれ。せめてうちには来るな」と叫びたい。

意思表示


「うちは放っておいてくれ」という意思表示を、この張り紙だけでなく、お隣(村の職員宅)、村会議員でもあるしげるさんにも伝えた。

しかし、トラブルは絶えないようだ。
住民も、みな、日々気持ちが揺れ動いている。
心配だから、効果があろうがなかろうが徹底的に除染してほしいと思う者。
除染の効果は怪しいが、家の周りがただできれいに片付くのだから歓迎だという者。
変に異を唱えたりせず、村の方針に従うだけだという者。
自分の腹は痛まず、村に金が入ってくる事業なのだから、除染する場所は少しでも多いほうがいいという者。
僕のように「放っておいてくれ」と言うのはごく少数派、例外的存在だろう。

友人、知人たちの家の周りも、目下、どんどん「除染」が進み、公園のように、あるいはリゾート地の一角のようにきれいさっぱり姿を変えたという。
下川内地区にあった、いちばん凝った自作の家に住んでいた友人宅は、道路から引っ込んだ場所、森の中の一軒家だったが、それを見た除染事業者が「ここをきっちり除染するには一千万円くらいかかる」と言ったそうだ。
そこも今はすっかり様変わりしてしまった。
住んでいた夫婦は山形に移住を決めている。すでに新居を手に入れ、レストラン開業をめざして改修工事をしているとか。
長年かけて自力で建てた家(彼は「これは一生かかって仕上げる俺の作品だ」と言っていた)は売りに出すそうだ。売るためにも除染は徹底的に必要だと考えたのだろう。

下川内方面には新たな住宅が建てられて、富岡の住人などが移住を始めているともいう。
村には公的資金を投入してビジネスホテル建設が計画されていて、さらにはファミリーマートの出店も予定されている。
「地域に根ざした店」として頑張っていたモンペリが、ついに閉店するという背景にも、そうした事情があるようだ。モンペリの社長は苦労人で骨のある人。若旦那もしっかり店を継いで、村の商売のシンボルだっただけに、ついに……と、心が痛む。


汚染が軽度であることがはっきりしている村では、今年も前面作付け禁止。田畑はこのありさま


去年の今頃は、田んぼ全体にこのメマツヨイグサが背丈以上に生い茂っていた。それに比べれば草刈りされただけ今年はマシかもしれないが……


モンペリは本当に閉店していた


一時休業、とあるが、長い「一時」になるのかもしれない


役場の標語がなんとも複雑な思いを抱かせる。何に対して負けないというのだろうか


こんなものも……前からあったのかな?


かつてKAMUNAライブをやらせていただいた蝉鳴寮(せみなりお)にファイルケース5個とテレビを届け、しばし話をして、もう一度池を点検してから日光に戻った。
上は蝉鳴寮を出たときの夕暮れ風景。

阿武隈事情を知る人たちはみな「川内の混沌は凄いですね」と言う。
でも、その混沌の意味を、ほとんどの日本人は分からない。想像できない。
僕らが広島、長崎や水俣を想像できていなかったのと同じで、理解してもらうのは無理だろう。
かくして、意識の格差はどんどん広がっていくわけだ。

喩えはおかしいと思うのだが、虫歯治療のイメージに近い。
健康な歯が蝕まれ、溶かされて形が崩れる。治療するためには、もう痛みをかんじることができないように、時間をかけて麻酔をうち、神経を抜く。
神経を抜いた「死んだ歯」に、きれいに金や銀をかぶせて形を整える。
今の川内村は、神経を抜かれ、これから金や銀をかぶせてもらうのを待っている歯のようだ。
見た目、前より立派に、きれいになったように思える人もいるかもしれないが、それはもう、神経が抜けた死んだ歯なのだ。

違うのは、歯と違って、人間の営みはやり直しが効くはずだ、ということ。
とても難しいこと、ほとんど不可能に思えることではあるけれど。


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