2013/09/28

『マリアの父親』の頃

アメリカミシガン在住の映像作家 Toko Shiiki Santos さんから長い、ていねいな依頼メールをもらったのはひと月ほど前、8月の終わり。
「フクシマ」のその後を、福島に暮らす人、暮らしていた人への取材を通してショートドキュメンタリー映画として制作したいという相談だった。
何度もやりとりしているうちに、夫のErik Santos氏は音楽家で、ミシガンの大学教授。来年、Tokoさんが取材のために来日するのを追いかける形で来日するというので、日光でライブやりたいですね、という話になった。
Santos氏(以下「きょーじゅ」)はクラシック畑でエリートコースを歩んできた後に、ふっと吹っ切れて、今は自由な音楽を楽しくやるのをモットーにしているらしい。作曲家でプレイヤー。キーボードもギターもこなすが、いちばん得意なのはベースだそうで、KAMUNAとセッションなんかいいんじゃないの~、と、少しずつ計画を煮詰めようとしているところ。
Tokoさんも歌手として、きょーじゅと一緒にバンド活動をしている。彼女は主な来日目的が「フクシマ」問題の取材だけれど、うまく調整してぜひ日光ライブを実現したいもの。

で、彼女に送るために昔の資料コピーなどを見ていたら、『マリアの父親』で「小説すばる新人賞」をいただいた前後の記録が出てきた。
ああ、あの頃は……と、思わず手にとってしばし振り返る……。
あの頃の「志」を忘れないように、ここに記録しておこう。


これは当時「すばる」の副編集長だった片柳治さんからいただいた葉書。
上は、僕が原稿を読んでいただくために送った直後の「受け取りました」という葉書。
下は、読みました、という葉書。

片柳さんはこの後、なんとかこの作品を「すばる文学賞」の最終選考に残そうと編集部内でいろいろ骨をおってくださったのだが、彼以外にはほとんどこの作品を評価してくれる人がおらず、すばる文学賞は選考会にも進めず、敗退となった。
そこで急遽、娯楽小説ジャンルである「小説すばる」の新人賞への応募に鞍替えしたのだが、これも、編集長はじめ、上の人たちからは「全然意味が分からん」「どういうジャンルなの? これは」と冷たい反応。
そこに、たまたま女性誌から副編集長として異動になってきた須藤さんという女性の編集者が片柳さんから「これ、面白いから読んでみて」と勧められて一気読みし、渋る編集長や部長を相手に、若手編集者たちをなんとか味方につけて最終選考まで残してくれた。
それでも『マリアの父親』は当て馬というか、候補作の中では最も受賞からは遠い存在としてほとんど無視されていた。
ところが選考委員の一人、田辺聖子さんが大阪から選考会のために上京し、羽田に下りて開口一番「今日はたくき よしみつで行きます」と発言して編集部は「誰だそれは?」と大騒ぎ。
……そんな裏話も、もう四半世紀近く経つから書いてもいいだろう。


これは原子力資料情報室の代表(当時)・高木仁三郎さんからいただいた葉書





母校聖光学院の校友会報(1992年1月)に載せた受賞後の挨拶文↑
一面は現役英語教師として接したのは確か僕ら11期生が最後だったトマス校長(当時。僕たちが在校中は副校長)の還暦祝賀会の報告だった。
トマス先生は、在学当時、僕が髪を切らないことで、体育教師はじめ、多くの教師からさまざまないじめを受けていたときにも、陰で精神的な支えになってくださった。
「鐸木能光は髪を切らない限り卒業式に出させない。髪を切るまで卒業証書も渡さない」という職員会議での決定があった直後、僕はトマス先生に呼ばれた。
まいったなあ……と、半ば覚悟を決めて副校長室に入ると、開口一番、トマス先生は、
「鐸木くん、不愉快な思いをさせてごめんなさい」
と謝ってきた。
びっくりした。
「つまらないことを言っている先生が何人かいるけれど、心配はいらないからね。で、卒業式、どうしますか?」
と訊かれたので、
「いえ、卒業式はちょうどICUの試験日と重なっていて、どっちみち出られないんです」
と答えたら、
「あ、じゃあ、ちょうどいいね! よかったよかった」
とニコニコしている。
おかげで僕は「髪を切らなければ卒業式に出させない」命令を受けたままでも、晴れ晴れとした気持ちでICUや上智の受験に臨めた。
そのトマス先生は、その後、学校の組織内で辛い境遇にいた時期もあったけれど、母校に社会科教師として就職した同級生の工藤くんらと一緒に学校改革をじわじわと進め、ついには校長、理事長に。


話が脱線したが、ここに登場する井津先生からいただいた受賞おめでとうの葉書↓

トマス校長は今もお元気だ。同級生の工藤くんは校長、理事長に就任して活躍中。
しかし、井津先生は60の若さで癌で急逝された。
井津先生は、入院していた病院のベッドでワープロを打ち、僕に遺言代わりの短い手紙を送ってくださった。
この手紙を読んだときも、僕はまさか先生がそんなに重病だとは思ってもみなかった。ほんの数か月前に笑顔の先生とお会いしたばかりだったからだ。

この手紙はコピーして、今も机の前に置いてある。

この手紙に出てくる『草の根通信』とは、作家の松下竜一さんが出していた月刊紙。一時期僕もそこに連載エッセイを書いていたのだが、松下さんも60代の若さで病死している。

次は、受賞後に書いた『狸と五線譜』に関連して週刊朝日のライターが書いてくれた記事↓


これは『マリアの父親』で「小説すばる新人賞」を受賞して数年後の記事だ。
その頃の僕は失意のどん底にあった。せっかく得たチャンスをしっかりものにできず、再び「売れない地獄」に墜ちていた(……と言っても、今に比べればまだあの頃のほうが仕事はあったかもしれないのだが……)。
そんな中で、井津先生との長い手紙のやりとりなども載せた『狸と五線譜』というエッセイ本を小さな出版社から出してもらった。
その本の紹介ということで、週刊朝日が1ページをさいてくれたのだ。

週刊朝日といえば、1993年10月20日、野村秋介自決事件というのがある。週刊朝日に連載されているイラストレーター・山藤章二の「ブラック・アングル」で名誉を毀損されたとして朝日新聞本社に謝罪を求めて乗り込み、そこで拳銃自殺を遂げたという事件。
そのときの編集長・穴吹史士さんとは、後に永井明さん(『ぼくが医者を辞めたわけ』の著者)の紹介で知己を得て、穴吹さんが実質一人編集長をしていた「AIC」(朝日新聞WEB版の連載コラム陣)に加えていただいた。さらには穴吹さんの配慮で朝日新聞に小さな囲み連載も持てて、それが後に岩波書店や講談社などで仕事をいただけることにもつながった。
永井さん、穴吹さんは、僕が人生のどん底にあったときになんとか「社会」から完全にドロップアウト(というか、フォールアウト?)しないようにつなぎとめてくださった命の恩人である。
その永井さんを穴吹さんと一緒に見送り、穴吹さんをAICの執筆仲間である野々村邦夫さん(日本地図センター理事長=当時)、作家の本田成親さんと一緒に見送った

片柳さん、井津先生、永井さん、穴吹さん……僕を支えてくださった恩人がみな60歳前後の若さで癌で亡くなってしまったのは、どういう意味合いがあるのだろうか。単なる偶然なのか……。
思えば、原子力資料情報室の代表だった高木仁三郎さんも62歳の若さで癌で亡くなっている。
昔、癌死はこんなに多かっただろうか? 核実験や原発の廃棄物が関係しているのではないかと、どうしても疑いたくなる。
そして僕も今、「フクシマ」を体験し、微妙に放射線量の高い場所に暮らし、恩人が亡くなった年齢にさしかかった。
幸いまだ健康体である。

「志」とはなにか、志をまっとうするとはどういう生き方なのか……改めて心に問うために、敢えて故人のことをここに記してみた。

僕にとって『マリアの父親』とはなんだったのだろうか? 死ぬ間際には、また違う意味を見出しているのだろうか?


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第3章 壊されたコミュニティ
第4章 原子力の正体
第5章 放射能より怖いもの
第6章 エネルギー問題の嘘と真実
第7章 3・11後の日本を生きる

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第2章 国も住民も認めたくない放射能汚染の現実
第3章 「フクシマ丸裸作戦」が始まった
第4章 「奇跡の村」川内村の人間模様
第5章 裸のフクシマ
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