2013/12/27

松子物語

ギターの話が出たので、僕がいちばん大切にしているギターを紹介してみる。
2011年3月12日夕方、福島第一原発1号機の爆発シーンをテレビで見て、取るものもとりあえず逃げたとき、最後に家の中に戻って1台だけ持ちだして車に積んだのがこのギター↑。僕は「松子」と呼んでいる。

上の写真は、2006年5月、川内村で最初で最後となったKAMUNAのコンサートをやったときに、会場である蝉鳴寮(旧保育所で、今は古地図研究家・芳賀啓さんの別荘)に運ぶ前に、使うギターを並べて撮ったもの。
ここに写っている向かって右が「松子」だ。
ここに写っている3台のギターはどれも買ったときの価格が20万円くらい。
逃げるときは、これでもう命はないかもしれない、命があったとしても、日本は滅茶苦茶になって、音楽をやるなんていう悠長なことは言っていられないかもしれない、という気分だった。それでも最後に少し気持ちを落ち着けて、もう戻れないかもしれないのだから、1台だけ持っていくとしたら……ということで家の中に戻って松子だけ持ち出したのだった。

ちなみに左の白いソリッドエレキギターはParker。真ん中はMartinのナイロン弦モデル。どちらもアメリカのメーカーの製品で、金を出せばまた買える。
でも、松子はもう、金を出しても買えない。世界に1つしかないオリジナルモデルなのだ。

37歳で吉原センセについてジャズギターを習い始めたきっかけは、テレビでリー・リトナーのライブと貴花田(当時)が宮沢りえと結婚するという会見を見たことだった。
リー・リトナーは前から好きなギタリストだったが、僕自身はエレキギターには興味がなかったので、演奏スタイルを真似することなど考えたこともなかった。ところが、彼が当時ステージで弾き始めていた薄いナイロン弦のエレキギターにはものすごく興味を引かれた。
ボディが薄いから軽そうだし、疲れなさそうだ。ナイロン弦だから指も痛くならなそうだ。音も柔らかくて、リバーブを深くかけるとロングトーンも結構いけそうだ。これなら自分の曲を自分で弾くこともできるのではないか……と感じた。
でも、今から練習し始めても、人前で恥ずかしくない程度にうまくなれるとは思えない。そこでうじうじしていたのだが、貴花田が回し一丁の裸でテレビカメラの前に立ち「宮沢りえさんと結婚させていただきます」と宣言するシーンを見て、あ~、俺も負けてはいられないなあ、と思ったのだった。
37歳というのは、今から楽器を練習し始めてうまくなる限界の年齢ではなかろうか……と。
それまでは、自分は作曲家なのだから、演奏はうまいプロ演奏家に任せればいいと思っていた。20代のときに掴んだデビューのチャンスのとき、日本を代表するようなスタジオミュージシャンと一緒にスタジオに入った経験からも、とてもとても彼らのレベルに到達できるとは思えなかったし、その必要性も感じなかった。
でも、このままではそんなチャンスは死ぬまで訪れないかもしれない。であれば、自分で演奏するしかないではないか……と。

そこで「小説すばる新人賞」の受賞賞金100万円が振り込まれる前に、お茶の水の楽器屋に行ってナイロン弦の薄型ギターを探した。
リトナーが弾いているのはギブソンのモデルで、30万円以上した。賞金100万円がもうすぐ振り込まれると言っても、30万円はきつい。しかも、手にすると滅茶苦茶重い。なんと、完全なソリッドタイプで、サウンドホールのように見えていたのはダミーだったのだ。
これは生理的に違うなあとすぐに判断して、自分が探しているのにいちばん近いAriaの5万円くらいのエレガット(そういう呼び方も当時初めて知った)を買った。それを持ったまま集英社の担当者に会ったので「あんた、本気で小説書く気があるの?」と呆れられたものだった。

そのAriaを持って吉原センセについて練習を始めたのだが、すぐにペコペコした質感に満足できなくなった。
そこで都内ではいちばんギターの品揃えが豊富であろうと思われるクロサワ楽器に行って、エレガットを片っ端から試奏させてもらった。
どれもピンとこない。
中で1台、Vestaxブランドの「井上陽水モデル」というのが、生音もよくて気になった。値段は20万円で、2割引きで16万円ということだったが、あちこち気に入らない部分がある。
まず、ネックが細すぎる。ナット部分で42mmというのはエレキギターと同じ。ナイロン弦で42mmは細すぎる。せめて46mmはほしい。
そこで、店員にいろいろ訊いたところ、作っているのは茶位幸信工房だということが分かった。
礼を言って家に戻り、すぐに茶位工房に電話をしてみた。
あのギターをベースにしてオリジナルモデルを作ってもらえないかと。
親方に「いいですよ。一度来てください」と言ってもらえたので、さっそく簡単な設計図を持って茶位工房へ。幸い、茶位工房は小田急線沿線の玉川学園前にあり、百合丘の家からは車で30分くらいだった。

茶位さんは当時、自分ではギターはほとんど作らず、ストラディバリウスの装飾ヴァイオリンのコピーなどを作るのに熱心で、ギターはもっぱら一番弟子の小林一三さんが指揮して弟子たちが作っていた。
小林さんはたまたま僕と同い年。いろいろわがままを言って作ってもらうことになった。値段はケースもつけて20万円。
「楽器屋さんで20万円の値札で出していて、しかも2割引きは常識ってことは売値が16万円。ということは卸値はもっと安いわけですよねえ」
……と僕が言うと、親方は「まあ、そうだわな。だから、店に出しているのよりずっといい材料で作ってやるよ。あれは横裏は合板だけど、うちで特注として受けるからには横裏も全部単板で作りましょう。材料も最高のやつを使ってやるよ。小林、ドイツ松のいいやつ、まだ残っていただろう? あれを使ってやれ。ネックもホンジュラス(マホガニー)がまだ残っていただろ、あれ使っていいから……」
などと指示を出している。そうまで言われると値切るのも悪いので、20万円でお願いすることにした。

表板を松(ドイツ松)にするか杉にするかと訊かれた。井上陽水モデルは杉なのだという。ものにもよるけれど、材料としては松のほうが高いらしい。
「でかくて明るい音がするのは杉。音量ではちょっと負けるけれど、繊細で締まった音がするのは松」なのだそうで、どうしようかなあ……と迷っていたら、親方が「じゃあ、松と杉と1本ずつ同じものを作って、塗装をする前に試奏して決めてもらえばいいじゃないか」と言ってくれて、なんと2本同じデザインで作り始めることになった。

ヘッドのデザイン(シンプルに丸めただけ)を自分でスケッチした紙を渡して「こんな感じ」って決めたり、ヘッドのインレイに自分の名前「TAKU」を白蝶貝のインレイで入れてもらったり、口輪(サウンドホールの周りの飾り)のデザインをいっぱいある実物の口輪から選ばせてもらったり、あらゆる部分を自分の好みで指示し、作ってもらった。
実際の作業はほとんど小林さんがやっている。

塗装の前に行って、塗っていない松と杉のギターを弾き比べた。
確かに杉のほうが音がでかい。
音質は……よく分からない。松のほうがシャープと言われればそんな気もするが、微妙な違い。
悩んでいると小林さんが「悩むなら松にしたほうがいいです。絶対」と言うので、それに従って松のほうに決めた。
次に色をどうするかというので、普通は黄色系に塗るというのを、板があまりにもきれいだったので「クリア(透明)塗装で」とお願いした。
杉のほうは通常の黄色系のニス色に塗るという。
そこで杉のほうもほしくなり、てっちゃんに「かくかくしかじかなんだけど、杉のほう、買わない?」と声をかけたら乗ってきた。
てっちゃんも一緒に「TETSU」という象嵌をヘッドに入れてもらっていた。

これが松子誕生物語。
その後、「反るはずがない」(親方)と言われたホンジュラスマホガニーのネックが少し反ってきて、削り直してもらった。
プリアンプは音が悪くなりそうなので、ピエゾピックアップからの出力をダイレクトで出すようにし、サイドには穴を開けなかった。これは正解だった
音質は弾くほどに、時間が経つほどにクリアでメリハリのあるいい音になっていった。小林さんが「松は時間が経つと音が育ちますから」と言っていたが、本当だった。

松子の仕様:

表板:ドイツ松単板
横裏:ローズウッド単板
ネック:ホンジュラスマホガニー(普通のマホガニーよりずっと堅い。当時すでにワシントン条約で入手不可能だと言っていた)
弦長:640mm(通常のクラシックギターは650mmなので、10mm短い分、弦圧が低くなる)
ボディつなぎ:14フレット接ぎ(通常のクラシックギターは12フレット接ぎなので、その分、高音部分が弾きやすくなり、音質は高音よりになる)
ネック幅:46mm(ナット部分)
アジャストロッド:なし(ホンジュラスマホガニーは反らないと言われたので入れなかったが、実際には反ってきて、一度全部削り直して修正した。その結果、当初よりさらに薄いネックになった)


親方とはその後も親交が続き、親方との茶飲み話を元に『G線上の悪魔』というミステリー小説も書いた。
茶位工房からその後、杉のエレガット(クラシックモデル)を1本買った。また、クロサワで買ったギグパッカーという旅行用の小さなギターのナイロン弦モデルの表板が割れたとき、ドイツ松に張り替えてもらったりもした。
職人気質の面白い人だったが、数年前に亡くなってしまった。
松子を作った小林一三さんは独立して自分の工房を構えている。今では「Ichizo Kobayashi」ブランドはクラシックギターでは日本を代表する高級ブランドとして認識されている。




現在の松子。口輪は親方が「この大きさのギターにこの口輪は大きすぎる。乳首がでかい女みたいで
かっこわるいから外側を少し取って小さくしたほうがいい」と言うのを拒否して、「もったいないか
らこのまま全部つけてください」と指示した結果。模様もいっぱいある中から1つ1つ見て選んだ。
名古屋だかどっかのおばあさんが内職で作っているんだとか。これで悪くないと思うけれどなあ……


横板はローズウッド単板。エレガットでオール単板というのはあまりないと思う。プリアンプレスにした
ので、ボディサイドに穴を開けないで済んだ。弦高は極めて低く、ものすごく弾きやすい。音も狂わない


1993年製なのだね。あれから20年経ったのか……。実際に仕事をしたのは茶位さんの一番弟子・小林一三さん


ヘッドに白蝶貝で「TAKU」の象嵌を入れてもらった


ブリッジ部分の形状もどうするか訊かれたが、クラシックモデル(横一文字)にした。ピエゾピック
アップは南海貿易製。セットでついてくるプリアンプは品質が悪いので捨て、ダイレクト出力にした


ポジションマークの位置もリクエストした。あんまり入れるとかっこわるいかなと思って7と12にだけ入れた


ネック表側に2箇所しか入れなかった代わりに、横には5、7、9……と全部入っている


横裏はローズウッド。ハカランダにしたかったが、「最後のハカランダを使ってしまってもうない」と言われた


裏もローズウッド単板。たいていのエレアコ、エレガットは横裏は合板

ちなみに、エレアコやエレガットというのは、マイクを内蔵しない純粋な生ギターとは別の要素が要求される。
たいていのステージではギターはラインで出すしかないので、生音がどうのこうのと言っても仕方がないところがある。生音がきれいなギターにピンマイクみたいなものをつけてステージ演奏をしても、ハウリングを起こしたり、バックのリズムセクションに音をかき消されたりして、聴衆にはいい音が届かない。
録音では、エフェクトをかけないならライン出力を使わず、生音のマイク録りがいちばんいい音になるだろうが、音楽の種類によっては積極的に音を作りたいから、やはりライン出力での音質は重要だ。
このバランスが、松子は実に絶妙なのだ。
おそらく、死ぬまでこのギターを超えるギター(あくまでも僕にとっては、だけど)は出てこないだろう。



鉄弦のエレアコならこれがいいのでは↑

狛犬かがみ - A Complete Guide to Komainu

狛犬かがみ A Complete Guide to Komainu

(バナナブックス、1800円+税)……  オールカラー、日英両国語対応、画像収録400点以上という狛犬本の決定版。25年以上かけて撮影した狛犬たちを眺めるだけでも文句なく面白い。学術的にも、狛犬芸術を初めて体系的に解説した貴重な書。改訂新版で再登場! 
アマゾンコムで注文で注文
⇒詳細解説はこちら


♪♪
↑今日のアルバム
『Gray's Keyboards』  KAMUNA 
ギターデュオKAMUNAの記念すべきファーストアルバム。Guit:吉原寛治、たくき よしみつ
(クリックした先で試聴できます)



オリンパスXZ-10
のぼみ~日記の写真は主にオリンパスXZ-10で、他にソニー NEX-5R+SONY 50mm/F1.8 OSS、フジフィルムX-S1 などでも撮っています


更新が分かるように、最新更新情報をこちらの更新記録ページに極力置くようにしました●⇒最新更新情報

一つ前の日記へ一つ前へ |     Kindle Booksbooks      たくきの音楽(MP3)music      目次へ目次      takuki.com homeHOME      | 次の日記へ次の日記へ






アマゾンKindleでたくきの過去の作品がほぼすべて読めます⇒Go!

音楽アルバム『ABUKUMA』

iTunesストアで試聴する 『ABUKUMA』(全11曲)
7年間過ごした阿武隈に捧げる自選曲集。全曲リマスター。一部リミックス。新録音『カムナの調合』弾き語りバージョンも収録。
アマゾンMP3、iTunesストア、キメラなどから販売中。

⇒こちらからどうぞ
⇒ライナーノートはこちら



「福島問題」の本質とは何か?


『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』(岩波ジュニア新書 240ページ)
『裸のフクシマ』以後、さらに混迷を深めていった福島から、若い世代へ向けての渾身の伝言

第1章 あの日何が起きたのか
第2章 日本は放射能汚染国家になった
第3章 壊されたコミュニティ
第4章 原子力の正体
第5章 放射能より怖いもの
第6章 エネルギー問題の嘘と真実
第7章 3・11後の日本を生きる

今すぐご注文できます 
アマゾンコムで注文で買う
⇒立ち読み版はこちら
裸のフクシマ  『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』(講談社 単行本352ページ)
ニュースでは語られないフクシマの真実を、原発25kmの自宅からの目で収集・発信。驚愕の事実、メディアが語ろうとしない現実的提言が満載。

第1章 「いちエフ」では実際に何が起きていたのか?
第2章 国も住民も認めたくない放射能汚染の現実
第3章 「フクシマ丸裸作戦」が始まった
第4章 「奇跡の村」川内村の人間模様
第5章 裸のフクシマ
かなり長いあとがき 『マリアの父親』と鐸木三郎兵衛

今すぐご注文できます 
アマゾンコムで注文で買う
⇒立ち読み版はこちら




↑タヌパックの音楽CDはこの場で無料試聴できます
Flash未対応ブラウザで、↑ここが見えていない場合はこちらへ


ガバサク流が推すデジカメ オリンパスXZ-10 Stylus1 パナソニックLX7、ソニー NEX-5R

詳しくは⇒こちら

たくき よしみつの本 出版リストと購入先へのリンク  デジカメと写真撮影術のことならここへ! ガバサク道場


HOMEへ 狛犬ネット入口目次へ



.COドメインが人気! ドメインゲットコム   タヌパックスタジオ本館   ギターデュオKAMUNA   あぶくま狛犬札所60番巡り   日本に巨大風車はいらない 風力発電事業という詐欺と暴力
Google
abukuma.us を検索 tanupack.com を検索