2014/01/06

靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者墓苑

今日は朝から「靖国神社」について調べていた。
ときの首相や閣僚たちが靖国神社を参拝した、しない、で、毎回メディアが大騒ぎするわけだが、そもそも靖国神社とはなんなのか? ということを正確に把握し直しておきたいと思ったからだ。
昨年のNHK大河ドラマ『八重の桜』は、会津藩の悲劇、さらには「官軍/賊軍」とはなんなのか、孝明天皇の宸翰(しんかん)がなぜそれほど重要な意味を持っていたのか、といったことを現代の日本人に広く知らせるいいきっかけになった。
靖国神社には吉田松陰、坂本龍馬、高杉晋作らは祀られているが、会津藩士や西郷隆盛は祀られていない。それはなぜなのか……そんなこともはっきり確認した上で、その背景をも改めておさえておきたかった。

では本題。
そもそも靖国神社とはなんなのか?

靖国神社のWEBサイトには、

// 靖国神社は、明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた東京招魂社が始まりで(略)、
幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、ひたすら「国安かれ」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊が、身分や勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として斉しくお祀りされています。//


……とある。

まず最初の太字にした部分、「東京招魂社が始まり」という部分に着目しよう。

大村益次郎肖像画(エドアルド・キヨッソーネ画) Wiki Commonsより 靖国神社の前身である東京招魂社を建てた(建てさせた)事実上の発案者・主導者は大村益次郎である。
大村は長州藩出身。戊辰戦争では江戸市中や東北での旧幕府軍残党勢力一掃を指揮し、明治政府では兵部省の初代「大輔(次官)」となり、西郷隆盛を危険視していた。後に「日本陸軍の創始者」と呼ばれる人物だ。
実際、靖国神社の参道中央には明治26(1893)年に建立された大村益次郎の銅像(日本初の西洋式銅像)がある。
東京招魂社創建のそもそもの目的は戊辰戦争の「官軍」側戦死者を祀ることだった。明治維新前後の戦乱、混乱による元武士たちなどの不満や対立は新政府樹立後も続いていて、ここで一度「総括」しておくためにも、官軍(天皇の命を受けて戦った軍)と賊軍(天皇の軍に刃向かった側)を明確に分け、その後の近代軍隊をしっかり築き上げたいというのが大村の意図だったと思われる。大村は、欧米列強に対抗しうる軍隊を持つためには、徴兵令による国民皆兵の軍隊創設が必須であり、そのためには「国のために」戦死した兵士を天皇自らが慰霊・顕彰することが非常に重要なことに気づいていた。
東京招魂社は九段坂上三番町通の元歩兵屯地跡に建てられたが、この土地は当時、東京府が所有していた。それを軍務局が譲り受けた。
靖国神社と改称されるまでの東京招魂社時代には、神官や神職はなく、陸軍、海軍の将校らが交代で奉仕していたというから、一種の「軍施設」であり、一般的な神社とは違うものだ。
また、遠江の遠州報国隊、駿河の駿州赤心隊に所属していた神主たち(それぞれ32人、計64人)が東京に移住してきて社司(やしろのつかさ)に任命され、祭事を行っていた。
報国隊、赤心隊というのは、静岡県西部の神主たちが藩に属さず自主組織した民兵集団で、江戸をめざしていた西郷隆盛率いる東征軍(官軍)に合流し、江戸では敗走した彰義隊生き残りの追い打ちにも加わっている。言わば武闘派神主集団。(⇒静岡県立中央図書館のサイトにあるこの資料などを参照)
その後明治12(1879)年に靖国神社と改称され、祀る戦死者の対象を当初の戊辰戦争での官軍側戦死者3588柱からどんどん拡大していった。

つまり、東京招魂社は明治政府が近代軍隊を整備するために必要だと判断し、軍部主導で作って管轄した施設だった。


次に注目したいのは、靖国神社が祀る神は「戦死者」なのだが、戦死者全員ではない、という点だ。

戦死であっても、戊辰戦争における旧幕府軍兵士、奥羽越列藩同盟の兵士、新選組や彰義隊などの旧幕臣の戦死者は祀られていない。ただし、禁門の変で長州藩勢との戦いで戦死した会津藩兵らは、朝廷(天皇)を守護したとして祀られている。また長州藩はこの禁門の変では賊軍とされているが、戦死(実際は自害)した久坂玄瑞などは合祀されている。(Wikiより)
西郷隆盛や西南戦争で新政府軍と戦った薩摩藩士らも祀られていない。
一方で、吉田松陰、坂本龍馬、高杉晋作、中岡慎太郎、武市半平太、橋本左内、大村益次郎らは正確には「戦死」ではなく、暗殺や病死、処刑死だが、彼らは「維新殉難者」ということで靖国神社に祀られている。
この扱いの差はどこから生じているのだろうか?
どうやら、祀られる資格は「祖国に殉じ」たかどうか、ということにあるようだ。
では、「祖国に殉じる」とはどういうことなのか?
最初が戊辰戦争で最後が太平洋戦争の戦死者だから、端的に言えば、「天皇のために戦って死んだかどうか」ということとほぼ同義なのだろう。


「勝てば官軍」「錦の御旗」といった言葉を、僕も含めてほとんどの日本人は今ひとつ実感できないところがあるが、「官軍」つまり「天皇の軍隊」と認められるかどうかは大変なことだった。死んだ後、「神」として祀られるか罪人として唾棄されるかの違いがある。その違いについては『八重の桜』でも何度も描かれていた通りだ。


このことからも、靖国神社に祀られる条件としての「祖国に殉じる」とは、天皇の軍隊で戦い、天皇のために死んだ、という解釈で間違っていないようだ。

さらに興味深いのは、
1868年(慶応4年)2月15日に起きた堺事件(土佐藩の隊旗を奪ったフランス人水兵を土佐藩兵が殺害した事件)の責めを受けて、堺(現大阪府堺市)の妙国寺で切腹した11人の土佐藩兵は祀られている。(Wikiより)
が、
乃木希典、東郷平八郎といった著名な軍人や八甲田雪中行軍遭難事件の遭難者等は、戦時の死没者でないため祀られていない。(Wikiより)

という点だ。(乃木希典は明治天皇を追っての殉死(自害)。東郷平八郎は病死)

ちなみに、Wikiの「靖国神社」解説ページに掲載されている「祭神の内訳」には、靖国神社の「祭神」になっている戦死者がどの戦争・事変で戦死したのかというリストがある。
古い順に並べると、

戊辰戦争・明治維新   7751柱
台湾出兵(別名:征台の役)   1130柱
江華島事件   2柱
西南戦争   6971柱
京城事変(甲申政変)   6柱
壬午事変   14柱
日清戦争   1万3619柱
義和団事件   1256柱
日露戦争   8万8429柱
第一次世界大戦   4850柱
済南事件   185柱
霧社事件、中村大尉事件外   19柱
満洲事変   1万7176柱
支那事変(日中戦争)   19万1250柱
大東亜戦争(太平洋戦争)   213万3915柱
計   246万6573柱      


……となっている。
これらの戦争・事変は「官軍」が天皇のために行ったものであり、それゆえにこれらの戦争・事変での戦没者は「祖国に殉じた」と認定されていることになる。
これらの戦争・事変のことを順を追って勉強すると、日本の近現代史がかなりよく分かってくる。


……以上のことを踏まえて、真宗大谷派・正覚寺(石川県輪島市)の住職が書いた「靖国神社に思う」という文章を読むと、ひとつ非常に重要な点を指摘していることに気づかされる。
それは、
「靖国神社は常に新しい神さまがつくられ、それが神さまとして祀られていく神社である」という点だ。

太平洋戦争以降、靖国神社に「英霊」として新たに祀られた人はいない。
戦後に殉職した自衛官、海上保安官、政府職員らも祀られてはいない。

しかし、これから先、もし日本が他国と戦争をしたり、戦争を引き起こすような事件を起こした場合、そこで死んだ者が「祖国に殉じた」と認められれば、新たに靖国神社の祭神に加えられる。死んだ本人がそう望もうが望むまいが関係なく、「英霊」として加えられる。……そういう可能性がある、ということだ。

靖国神社を単に「戦没者慰霊の場所」だと考えている人たちは、まずはこの点をしっかり認識しなければならない。


去年(2013年)の10月、来日中のジョン・ケリー国務長官とチャック・ヘーゲル国防長官が千鳥ヶ淵戦没者墓苑(東京・千代田区)を訪れ、献花する、という「事件」があった。

//同行した米国防総省高官は記者団に対し、千鳥ヶ淵戦没者墓苑はアーリントン国立墓地に「最も近い存在」だと説明。ケリー国務長官とヘーゲル国防長官は「日本の防衛相がアーリントン国立墓地で献花するのと同じように」戦没者に哀悼の意を示したと述べた。//


これは、//5月に安倍首相が訪米に際して米外交専門誌「フォーリンアフェアーズ(Foreign Affairs)」に対し、米バージニア(Virginia)州にあるアーリントン国立墓地を引き合いに出し、靖国神社は国のために命をささげた人々を慰霊する施設であり、日本の指導者が参拝するのは極めて自然で、世界のどの国でも行っていることだと述べていた//ことに対するアメリカ政府側からの痛烈な返答であるという解釈は間違っていないだろう。
このニュースはそれほど大きくは報道されなかった。
今、ネット上で検索してみても、日本の大手メディアの記事やそのコピーはほとんどと言っていいほどヒットしない。
記事の中にもあるように、アメリカ政府は、墓地でもなければ国が管理する施設でもない「単独の宗教機関」である靖国神社と、あらゆる宗教・宗派による埋葬を受け入れているアーリントン国立墓地を一緒にするな、と言いたいのだろう。
もっとも、アメリカの戦争だって、「祖国のために」と言われて戦わされ、見知らぬ人を殺し、あるいは殺されることにおいては何も変わらない。正義の戦争などない、という意味では、現代においても数々の理不尽な戦争を行っているアメリカ政府から言われたくはないという気分にはなる。

しかし、「靖国」が外交問題になるのが分かりきっているときに、政治家が、ましてや一国の首相たる者が、敢えて話題作りのように靖国を利用するのはとうてい利口とは言えない。
政治とは高度な戦略である。特に外交はそうだ。子供の喧嘩のようなことをしていていいはずがない。
メディアも、「靖国」で騒ぐ前に、それ以上の頻度、時間とスペースを割いて、戦没者を慰霊するという純粋な目的のためにある施設としての「千鳥ヶ淵」の存在を伝えたらどうなのか。
千鳥ヶ淵戦没者墓苑は環境省が所管する国の施設である。
靖国は知っているが千鳥ヶ淵は知らないという国民がたくさんいる。
千鳥ヶ淵戦没者墓苑をことあるごとに報道することで、相対的に靖国が報道される頻度が減っていくことが、国内向けにも国外向けにもいちばん効果的なこの問題への対処法ではないのか。


最後に、こうした「歴史認識」を深めることと並行して、「感覚的に戦争を知る」ことの重要性についても触れたい。

正直な話、戦後生まれの人間には、戦争で死ぬ、戦場で死ぬ、お国のために死ぬ、天皇のために死ぬ……ということがどういうことなのか、実際にはなかなかイメージできない。実感しづらいがゆえに、概念の世界になりがちだ。
それを肌で知っている戦争の生き証人たちはどんどんいなくなっている。もうすぐゼロになる。
前出の正覚寺住職が作っているWEBサイト内に、正覚寺の門徒である多賀基良さんというかたが書いた「サイパンの怒号」という文章がある。かなり長い文章だが、これなどはぜひ読んでおかなければいけないものだと思う。⇒こちら

//あの時の私の精神状態は、仏教で教えられる餓鬼そのものでした。

来る日も来る日も、飢えと渇きに苦しみ、他人様のことなど考える余裕などさらさらなく、骨と皮ばかりで目だけ大きく、他人が見たらミイラが歩いているように見えただろうと思います。

自分で胸や手足を見たとき、干鱈(ひだら)のようだと思ったくらいですから……。

死んだ人の側で寝ても、淋しいとも可哀想だとも思わず、良い隠れ場所がある、今日はこの死体の間に寝させてもらおうと寝ていて、命拾いをしたことも何度かありました。

兵隊が何人死んでいても、兵隊は死ぬのが当り前と、同情する気もおこらず、次は俺の番だという気持ちだったが、女や子供の死体を見ると、
「可哀想に、この人達はなぜ死なねばならなかったんだ」
と同情の気持ちになりました。

ただ気持ちの悪いのは、あの熱帯地ですから、死んで半日もたつと死臭が発散し、目、鼻、口、耳には蛆(うじ)がはびこり、3時間位で1センチ程の早さで成長し、群をなして這うのを見ると、耐えられない嫌悪を感じました。//


ここにも靖国神社に祀られる、という一節が出てくる。

//その時、召集兵の田中古参上等兵は、 「多賀、もう勝つ見込みはないぞ。死んだら靖国神社に祀ってもらえる、それだけの楽しみだ。なるようにしかならん。くよくよせずやろうよ」と言ってくれました。//

「靖国神社に祀ってもらえるだけ」のことと引き替えに彼らがどんな死に方をしたのか、しっかり読み、また、消えないように次の世代に伝えていかなければいけない。こうした形でWEB上に残していくのは有効な方法だ。
戦争はいけない、などと「概念的に」言っているうちはまだまだ流れに抗する力としては弱い。感覚的に嫌悪する、恐怖するというレベルで、戦争を知らない世代が「生理的に」つながっていかないと、時の権力者によって簡単に「祀られて」しまう。それは歴史が繰り返し証明している。


前述の『サイパンの怒号』の最後に書かれた多賀さんの言葉をしっかり受け止めたい。

//鳴呼!、怒号の涙が止まりません。
『子よ、孫よ、こんな愚かな戦争に参加してはならない!! 平和こそ人類の最高の仕合わせだ』
今、振り返ってみて、私の手で人を1人も殺さなかったことは、最高の幸運であり、最高の誇りだと思っています。//


結論:
「靖国神社」とはひとつの宗教である。実際に、単独の宗教法人となっている。
国(あるいは天皇)のために戦死することで「神」になり、祀られるという宗教。
それを信仰することも「信教の自由」によって認められるとすれば、当然、そんな宗教には入信しないという自由も保障されなければならない。ましてや入信を国が強制したり、国という機関がそうした宗教への信仰を「公的に」表明するなどということは、絶対にあってはならない。

靖国神社には墓地はない。遺骨が埋葬されているわけでもない。
「靖国神社という宗教」によって一方的に「神」として祀られた戦死者らの名簿がある場所である。
「戦没者を慰霊する施設」として代表的なものである国営の千鳥ヶ淵戦没者墓苑とはまったく異なる。


ところで、冒頭の写真は靖国神社にある「中国獅子」である。
これは「狛犬」ではない。
多くの参拝者がこれを見て「面白い顔の狛犬だね」などと言っているが、これは靖国神社に奉納された狛犬ではないのである。
保定府深州城東北得朝村弟子李永成という人が、中国海城の山学寺に建立した獅子像だ。それを、日清戦争のとき、日本軍司令官の山縣有朋が「陛下の叡覧に供して大御心の程を慰め奉りたい」と持ち帰ってきた。
詳しくは⇒こちら


(2014/01/11 追記)
今日(1月11日)、フェイスブック経由でハンギョレ・ジャパンのサイトに掲載されていた [特派員コラム] 我らが内なるヤスクニ/キル・ユンヒョン という文章を紹介されて、まさに同じことを指摘していると知った。
一部を抜粋してみる。

//神社からA級戦犯が分祀されさえすれば、すべての問題は解決されるのだろうか。 東北アジアの平和と安定に特別な利害関係を持たない異邦人にとってはヤスクニはどうなろうが関係のない問題であろうか。 ここまで考えた時、私たちがヤスクニ問題を人類皆が理解できる普遍的な言語で説明することに失敗しているのではないか//

//息子が戦争に出て行き亡くなることになれば、母親は耐え難い悲しみを感じることになる。 しかし天皇を通じて靖国で息子が日本を守った‘君臣’として祀られる瞬間、苦痛は言いようのない喜びに置換され、それで息子の死という苦痛はもう孫までも出さなければならない神聖な義務として倒置される。 そんな風に国民が次の犠牲と戦争を当然として受け入れ平和は遠ざかる。 これが戦争の時期、ヤスクニで実際起きたことだ。//

// しかし、自分自身と他人の苦痛に対するこのような無感覚と破廉恥は、事実人類史で非常に普遍的に観察される現象だ。 そこで、ベトナム戦争時に起きた民間人虐殺を最後まで認めようとしない韓国人の心にも、イラクとアフガニスタン戦争は必要な戦争だったと強弁する米国人の心にも、いつのまにかヤスクニは渦巻いているのかも知れない。 そのような意味で靖国問題というのは、容易には過去を克服できない日本人の問題であると同時に、人類が皆一緒に手を握って悩まなければならない良心と正義に関する根本的な問いでもある。 私たちがベトナムを否認して、龍山(ヨンサン)を忘れて、韓国戦争時期になされた良民虐殺を正当化する瞬間、私たち皆は巨大な安倍晋三になるだろう。//


……↑この中の「国民が次の犠牲と戦争を当然として受け入れ平和は遠ざかる」という部分は、まさに正覚寺ご住職が指摘している「靖国神社は常に新しい神さまがつくられ、それが神さまとして祀られていく神社である」ということと重なっている。

靖国問題の本質はここにあると思うのだが、なぜかメディアでは常にA級戦犯合祀のことしか触れない。


夕方の月 2014年1月6日




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