2014/04/02の2

のぼるくんのREM睡眠


のぼるくんはよく白目を剥いて寝ている


すごい顔になるが、この顔のときは多分、熟睡状態なのだろう


で、ピクピク動いている↑ 
のぼるくんは毎晩、必ず僕の部屋、パソコンディスプレイの前で寝ている。邪魔だけれど、こっちも慣れてしまった。
おかげで今度の新刊のカバー用写真もいろんなバリエーションが撮れた。
今日、カバーデザインが上がってきて、送られてきた。

↑なかなかいいんでないかい
この元写真がこれ↓



他にも何パターンかあったのだが、いちばんかわいいやつを選んでくれた。
のぼるくん、モデルデビュー。

当人はなんも知らないで、今も寝ている↑

今日のオマケ 星を求める蛾の願い

『赤毛のアン』の谷口由美子訳が届いたので、この前の日記を大幅に書き換えておいた

これは同世代の何人もの女性たちからかなり反響があった。
その後、小倉千加子が書いた『「赤毛のアン」の秘密』という本を巡って、10年以上前に論争のようなものが起きていたらしいことも知った。
例えば⇒こことか⇒こことか⇒ここなんかに書いてある。

大学の後輩にあたる女性・みさきさんの「あの頃の我々(女性)は、親からも世の中からもダブルスタンダードな期待を寄せられてましたよね。(よい学校に行け、男並みに頑張れ、(でも)結婚しろ、という)」……というコメントが特に面白かった。
なるほど、ダブルスタンダードな期待……かあ。
上智のような大学には、それに該当する女性がいっぱいいたことは間違いない。


それを受けて、アメリカ在住のFB友達・Yukaさんからは、
家庭に入れば自己実現しろと言われ、仕事していれば家庭を疎かにしていると言われる。どっちを選んでも後ろめたく、どっちも中途半端になって自己嫌悪に陥る。その許されない息苦しさ。ダブルバインドを中学生くらいから有言無言で家庭や学校や職場で強制され続けると、自分が「そのままでいい」と思えなくなる。深い闇が生まれるんです。

アンがおしゃべりし続けて自分を主張し、だんだんとその存在を許されることでメローになっていく物語が少女に愛されたのは、存在を受け入れてもらい、自分を肯定できる理想が描かれていたからなんですよねえ。

……というコメントも出てきた。
そのことは先に紹介したブログにも書いてあって、⇒ここに引用されている氷室冴子の文章を、孫引きでそっくりそのまま紹介すると、
アンの物語がアニメ化されたり、映画化されたりしたときに、アンが最初から、なんの屈託もない、天真爛漫なコとして出てくると、
(なんか、ちがう)
としっくり、こないものがある。
アンが現れて、周りの大人たちがアンに感化されてゆく―――という、どうやってもイイコちゃん物語になるのは、さびしい女の子をしらないオジサンたちが、アニメや映画を作るせいだなあと思ってしまう。
『赤毛のアン』は、おしゃべりすることでしか自分を主張できなかった、器用そうにみえて、ほんとはすごく不器用な女の子に、世界が少しずつ扉をひらいて、優しくなってゆく物語なんです。ほんとはね。」

氷室冴子『マイ・ディア―親愛なる物語―』より

……なのだそうだ。

Yukaさんは高校一年のときにアン・シリーズを最後まで一気に読んだそうだ。
そのときに、アンの「あっち側の人とは仲良くできなくても、仕方がない」「夫が死んでも私は生きていくでしょ」 という台詞が印象に残り、今でも人生訓になっている、と言う。
「あっち側の人とは仲良くできなくても、仕方がない」というのは、徒党を組んでゴシップに興じるご婦人たちに対して、アンが切り捨てているところで、「夫が死んでも私は生きていくでしょ」というのは、結婚によって男とはパートナーシップを組むけど、男にすべて依存している人生じゃないってこと。
だそうだ。
そういう人生訓を得たこともあって、アンブックスはアンが大人になってからの物語のほうが面白いと言う。

当のモンゴメリは、最初の本が想定外にヒットしたことで、以後ずっとアン・シリーズを書き続けることになる運命にいささかうんざりしていたとも言われている。
茅野さんが書いた解説(1987年)には、
 ……作家として活躍する一方でモンゴメリは、牧師館の主婦として教区の人びとのために働かなければなりませんでしたし、二人の息子の母にもなっていました。毎日が多忙をきわめ、心身ともにつかれはてることも、しばしばあったようです。
 そんなモンゴメリに生きるよろこびをよみがえらせてくれるのは、いつも自然の美しさでした。ひとり戸外で時をすごすと、とても満ちたりた気持ちになれました。
 また、モンゴメリは写真を撮るのも好きでしたし、天文学にも興味をもっていてました。双眼鏡を手に夜空の観察をしたりして、宇宙人の存在も信じていました。1920年代にすでに、原子力について言及している文章を書いているのには、びっくりしてしまいます。
……という一節もある。

27年前、茅野さんから謹呈本が送られてきたときには、僕はこの解説にも、同封されていた手紙の内容にもそれほど関心を払わなかった気がする。つまり、彼女の孤独をうまく共有できなかった。
今になって、あの頃には考えもしなかったこと(個々の孤独は決して共有されえない、というようなこと)を思い描きながら読み返しているのだから、なんとも不思議なものだ。

こんなやりとりを読んでいたせいか、今朝は「絶対に共有され得ない孤独」と、それを開放してくれる唯一のものとしての死、ということが頭の中を巡ったまま目覚めた。おかげで身体も頭も重かった。まあ、これは毎朝のことなのだけれど。
子供の頃は、死が怖くてしょうがなかった。でも今は、とても身近に感じると同時に、死こそが最終的な解決策、平等なゴールなんだろうなぁ、という気持ちを抱いている。
世の中に認められない、成功できない、売れない、多くの人たちと価値観を共有できない……といったことから来る絶望感・虚無感は、歳を取るごとに薄まってきた。
これは、単純に「諦める」ということとは少し違う。
成功とか売れる売れないということは、世の中があってこその価値、というか「評価」なのだが、その「世の中」──というよりは、世の中を構成している人間集団に対して、ほとんど期待することができなくなってきた。
この「世界」はすばらしい。自然の営みに包まれて生きていくことは理屈抜きですごいことだと感じるのだが、その世界の中に築かれた「人間社会」というものに対して、希望が持てない。
それなのに、メロディの価値だの芸術性だのといった、人間社会の中でしか意味をなさない価値を追い求めることを自分の人生の主眼に置いているという矛盾。
これを解決するには、肉体から解放されること、つまりは死しかないのだろうな、という気持ちが日増しに強くなっている。

30代のときに強く意識した、「なんのために生きているのか」という究極の価値のこと。
星を求める蛾の願い というシェリーの詩に涙した、あの頃の気持ちが、今は弱まりながらも形を変えて自分を包んでいる。

メロディの価値は、多分、錯覚に過ぎない。
肉体の一部としての脳が入れ替われば、「いいメロディ」も変わってしまう。
そんなものを求めて一生苦しむ必要があるのか……とも思う。
そういう矛盾を抱えながら、一生苦しむのが人間の業なんだろうね。

歳を取ると肉体が邪魔になってくる。肉体が衰えるから、こんなもののために精神活動に負荷がかかるのは馬鹿らしいと思うようになる。
では、精神活動とはなんなのか?
肉体の一部としての脳みそが壊れて、物質循環の輪の中に入っていった後に残る「精神」はあるのだろうか?
そのときには多分、メロディだとかアートだとかってものもないのだろうなあ、とは思う。

そこまでの孤独を考えたとき、結局は、自分自身を見つめて残りの人生を生きること、その「見つめる」というエネルギーに、肉体としての人間(脳みその働き)が及ばない何かがあるのかもしれないって思いながら生きるしかないんじゃないか……という境地に近づく。
うまく言えないが、今朝は起きたとき、そんなイメージが頭の中を支配していた。

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