2015/09/12の2
川内村野良猫日記(5)
のぼる と み~
のぼる と み~
2011/06/14
捨てられていたときはこんな感じだった。「福島県」と書かれた車止めは20km圏立ち入り禁止の表示。立ち入り禁止区域内側から撮影していることになる。
2011年6月14日。
4月の末に村に戻ってからは、毎日今まで通りの生活を続けると同時に、時間があれば周辺の様子をチェックして回っていた。
線量計を持って、小学校や田んぼ、林の中などの線量を確認して回る。平伏沼やその他のモリアオガエル産卵地にももちろん行った。ちょうどモリアオの産卵時期だった。
この日はよしたかさんの田んぼの様子を見てから、きのこ里山の会がやっていた田んぼ「もえの里」の様子を見に行った。
もえの里の田んぼ脇にはほぼ1年中自然に水が溜まっている部分があり、そこでツチガエルのオタマが越冬したりしている。今も水が溜まっているだろうか、線量はどのくらいだろうか……と。
もえの里は立ち入り禁止の20km境界ぎりぎりのところにある。多分、正確には20km圏に入っているはずだが、その先に村の重要施設「イワナの郷」があるので、イワナの郷までは入れるように立ち入り制限を部分解除させたという話を聞いていた。だからうまくすれば行けるのではないかと向かったのだが、進入路を1つ手前のと間違えてしまい、県道の裏側に出てしまった。
そこは県道側に立ち入り禁止が出ているので、20km圏の内側から境界線に出てしまったことになる。
あれ、1本間違えたか……Uターンするか……と車を停めて窓を開けたとき、かすかにニャ~という猫の鳴き声が聞こえた。
よく見ると、白い子ネコが道の脇でもぞもぞしている。
「困ったな」
というのが最初の気持ちだった。
誰かが捨てていったのだろうが、ここは20km圏で県道側からも人や車は入ってこない。まだ乳離れしていないようだし、このままでは確実に死んでしまうだろう。
しかし、連れて帰るにしても近づけば逃げてしまうに違いない。藪の中に入り込んでしまったら、捕まえるのは難しい。
困ったなあ……と思いながらも、とりあえず車から降りた。
すると、その白い子ネコは僕の姿を見て、一瞬びくっとしたが、次の瞬間ソロリソロリと近寄ってくる。
手を出すとそこに飛び込むようにやってきた。
抱え上げたとき、もう一つ茶色い塊がみ~み~必死に鳴きながら寄ってきた。
「待って~。ぼくもいるよ~」と叫んでいるようだった。
他にもいるのかと周囲を探してみたが、どうやら2匹だけらしい。
その2匹をとりあえずX90のトランクに入れて、もえの里に向かった。
しかし、こんなときに子ネコ2匹を抱え込んでどうしたものか。
助手さんに怒られるだろうなあ。また何か拾ってきたの? 私は知りませんからね。責任を持ってくださいね、と言われるに決まっている。
大体、まだ乳離れしていない小ささだから、何を食べさせればいいのかも分からない。
来るときに寄ったモンペリ(村で唯一のコンビニ。3.11後は仕入れのトラックが来てくれなくなったが、オーナー父子が自力で郡山から少しずつ商品を仕入れては運んで、必要最低限の食糧などを店内に並べていた)にもう一度寄って、牛乳を1パック買った。
うちでは牛乳は飲まないので、牛乳を買うのは何十年ぶりのことだ。
家に連れ帰って、牛乳と野良猫用に備蓄してあるカリカリをあげたところ、むさぼるように食った。
まだ小さいのにカリカリを食えるようになっているので少し安心した。
こんなに小さいと、拾っても後が困るなあ。すぐに死んじゃいそうだな~、と、そのときは思った。
家に連れてきて、とりあえずご飯をあげてみたところ。
白いほうが活発で、茶虎は白いやつに必死にくっついて回る。
白いほうは元気で、たちまちこんな感じ。何にでも登るので、のぼる、と名づけた。
茶虎のほうはみ~み~と鳴いてばかり。うるさい。面倒だから「み~」と名づけた。
家の中でくっついて眠るのぼる&み~
可愛いから、もらい手は見つかるだろう。さっそく里親捜しを始めた。
のぼるは不安なのか、すぐに僕の脚を這い上がってきて膝で眠る。み~は上れなくて、下で寄り添うように寝る。
シロはのぼみ~が来てからは家の中では少し遠慮するようになった。怖い物知らずののぼるがちょっかいを出そうとするが、本気では相手にしない。あまりにしつこいと、カッと一喝する仕草。びびって離れるのぼる。それでおしまい。
助手さんはシロがのぼみ~を襲うのではないかと心配していたが、そんなことはなかった。
この頃、お隣のジョンは鎖が外されていて自由に歩き回っていたが、リードなしで今まで通り一緒に散歩していた。
ところがある日から姿が見えなくなった。気儘なジョンのことだから、どこかで自由にやっているんだろうと思っていたら、避難区域の犬猫レスキューボランティアが捕まえて連れ去っていたことを知った。
ジョンだけでなく、村の中では「飼い犬が消えた」「犬が盗まれた」という騒動があちこちで起きていた。緊急時に備えて鎖を外していた犬を、飼い主不在だと勘違いしたボランティアグループが次々に連れだしていたのだ。
郡山に避難していても、犬のご飯をあげに毎日通っていた人や、普通に村に戻って生活していても、いつどうなるか分からないし、田んぼや畑も放棄されていて犬に荒らされることもないからと鎖をといていた人も、突然犬がいなくなって困惑していた。
ジョンもその騒動に巻き込まれたのだった。
その情報を教えてくれた人のおかげで、保護したボランティア団体が分かり、連絡したところ、すでに所沢の某家庭が里親になっているという。
その家に電話をしたところジョンはすでに「ふくちゃん」という名前になっていて、「可愛い犬なので、できればこのまま飼いたい」と言う。
飼い主のけんちゃんにその旨を話したところ、そのまま飼ってもらうことになった。
電話で話をした印象ではかなり裕福な家庭で、ジョンには健康診断をバッチリして、普段は庭に放し飼い、散歩もちゃんと連れて行ってもらっているようだった。
「犬小屋に入ろうとしないんですよ」「あまり食べようとしないんですよ」「公園に散歩に連れて行くと、すぐにハトを追いかけようとしてリードを引っ張るのが命がけなんですよ」……と、里親さんはちょっと嬉しそうに話していた。
原発爆発で取り残され、不幸になった犬猫はいっぱいいるのだが、中にはジョンのようにそれまでより幸せになった犬もいる。強運だなあ、ジョン。
会いに行こうかと何度も思ったが、いや、このまま会わないほうがいいと思い直して、ぐっとこらえた。
そのジョンの情報をくれたちっころさんの活躍で、のぼみ~を預けるボランティアグループも見つかった。
こっちに引き取りに来てくれるという。
その頃、僕らはこれから先の生活をどうすればいいのか、迷っていた。
川内村は概して汚染の度合が低く、村民が避難した先の郡山市などのほうがずっと汚染は深刻だった。
子供たちが避難先の郡山で通っている小学校のほうが、川内小学校よりずっと空間線量は高いという異常な状況。
避難した村民は、借り上げ住宅やら精神的賠償金やら除染やらで、毎日金の話ばかりするようになっていた。
なんとかしよう。今度こそ自立した地域経済を建て直すんだ……という意気込みで、無理して村に戻ってきた僕としては、完全に拍子抜けというか、困惑していた。
ここにはもう、自分が何かできることはないのではないか……。頑張れば頑張るほど「邪魔者」になるのではないか……と。
そうした困惑と不安の中で、のぼみ~と遭遇したのだった。
更新が分かるように、最新更新情報をこちらの更新記録ページに極力置くようにしました●⇒最新更新情報
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「福島問題」の本質とは何か?
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『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』(岩波ジュニア新書 240ページ)
『裸のフクシマ』以後、さらに混迷を深めていった福島から、若い世代へ向けての渾身の伝言。
複数の中学校・高校が入試問題(国語長文読解)に採用。大人にこそ読んでほしい!
第1章 あの日何が起きたのか
第2章 日本は放射能汚染国家になった
第3章 壊されたコミュニティ
第4章 原子力の正体
第5章 放射能より怖いもの
第6章 エネルギー問題の嘘と真実
第7章 3・11後の日本を生きる
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『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』(講談社 単行本352ページ)
ニュースでは語られないフクシマの真実を、原発25kmの自宅からの目で収集・発信。驚愕の事実、メディアが語ろうとしない現実的提言が満載。
第1章 「いちエフ」では実際に何が起きていたのか?
第2章 国も住民も認めたくない放射能汚染の現実
第3章 「フクシマ丸裸作戦」が始まった
第4章 「奇跡の村」川内村の人間模様
第5章 裸のフクシマ
かなり長いあとがき 『マリアの父親』と鐸木三郎兵衛
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