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のぼみ~日記2016

2016/02/06


お袋はオタクだった


鐸木能子最後の雛人形


お袋と助手さんの雛人形写真集を作っている。
バラバラに見ていたものを、じっくりまとめて、時系列で見ていくと、いろいろな発見がある。

お袋の雛人形はほぼすべてが売れてしまっていて、しかも、売る前にちゃんとした写真を撮っていないから、ほとんど記録が残っていない。
この写真はお袋の最後の作品となってしまった雛人形。日本橋髙島屋の個展に100万円で出品したと思う。
ペンタックスのK-100Dを買った頃で、納入する前に写真を撮ったほうがいいと言って、カメラを持って実家に行って撮ったのだったと思う。(記憶が曖昧)
こんな顔だったんだな。

正直なところ、僕はお袋の人形、特に日展に出していた作品群をあまり評価していない。
美術としての根源的な感動が薄いというか、いかにも、こうしてああして……って、ポーズを作って、素材感を工夫して……という感じがしてしまう。
そもそも人形というものがよく分からない。あれはアートなのか……と。
いや、アートとはなんなのか? アートなら偉いのか、という問題もあって、その問いに対する答えは未だ出ていないのだが……。


NHKの連続テレビ小説、『花子とアン』や、今やっている『あさが来た』の主人公はお袋に重なる。
お袋は何よりも「自己実現」ということを意識した人生を送っていた。
専業主婦なんてとんでもない、という考え。
一時期は本気で政治家をめざしていた。
戦争中は聖路加病院で看護師をしていて、戦後は看護学校の教師や、立教大学、立教女学院、福島大学附属中学校などで働いていた。
「職業婦人」という言葉は今では死語だけれど、お袋はまさにその典型で、自分がプロフェッショナルであることに誇りを持っていた。

白河の病院に勤めていたときに、結核療養中だった福島県の職員と知り合って結婚。それが僕の実父。
離婚後は福島大学附属中学で同僚だった今の親父に口説かれて再婚。
東京に出てきてからは看護協会に勤めていて、そこのトップに見込まれて政界進出の話を持ちかけられたそうだ。
看護協会OBが国会議員になるという「枠」みたいなのがあって、当時の看護協会OB女性議員に「あなたこそ私の後継者にふさわしい。政治の世界に入ってきなさい」と口説かれたという。
それを受けて議員秘書みたいな道に進むかどうかというとき、僕が鍵っ子はもう嫌だアピールを繰り返して、お袋は看護協会を退職した。
僕が大人になってからも、あのときヨシミツがいなければ私は今頃……って、何度か恨みがましいことを言われた。(生んでおいてそれはないだろうが)

そんなお袋だから、勤めを辞めてからもじっとしているはずはなく、最初はリボンフラワーみたいなことをやっていたのだが、すぐに教室の先生を超えてしまい「あれは一生かけてやるものではない」と、いろいろ探した末に、平田郷陽氏の木目込み衣装人形に魅了され、人形作家になると言いだした。
決めると行動が早い。
平田郷陽氏がもう弟子を取らないと知って、郷陽氏の直弟子に一人一人アタックして、大谷鳩枝氏に弟子入り。そこで木彫木目込み衣装人形の技術を学んだ。

木彫木目込み衣装人形というのは、普通の人形はおがくずを固めたものを芯にしているのに対して、桐の原木を彫刻したものを土台にしている。顔も粘土ではなく、木彫した上に胡粉を塗っている。
衣装は着せるのではなく、木彫した胴体に木目込みしていく。手間がハンパない。

お袋の優れているところは、B型で型にとらわれないところ。基本技術を身につけた後は、ここはこうしたほうが合理的だと、自分でどんどん技術改良していった。

日本の美術工芸界は、伝統工芸派と現代工芸派に大きく分かれていて、伝統工芸派は日本伝統工芸展、現代工芸派は日展と日本現代工芸展というのが一番上位の発表の場になっている。政治の世界同様、派閥があり、決して実力だけの世界ではない。

お袋はそのドロドロした世界にも恐れずに飛び込んでいった。政治家になっていてもそこそこやれただろうなあ、と思う。
例えば、最初の作品を出したのが神奈川県美術展だったが、落選した。
自分の作品より明らかに見劣りするような人形が入選しているのに納得できず、なんと、人形担当の審査員に電話をかけて「なぜ私の作品があの作品より劣っているのでしょう」と質問した。
その審査員(人形作家)も正直な人で「あなたの作品のほうが優れているけれど、やはり展覧会というのは実力だけじゃなくて、誰それの門下だとか、そういう派閥や人脈がものを言う世界だから、私としてもそれはまあ……」と答えたそうだ。
お袋がすごいのは、そこで引き下がらず、「では私も指導してください」と、その人のところに出向いていったこと。
ところが、自分が最初に学んだ平田郷陽一門(陽門会という)のレベルに比べたら技術的にもセンスの点でもあまり学ぶことはない、と、さっさと見切りをつけた。
心の中では見切りをつけながらも、「政治的にはおつきあいしていたほうがいい。そうしないと展覧会入選の道が開けないのだから」と割り切って、その後も、うまく関係を続けていた。
(そういうところ、僕はまったく真似できない。性格が似なかったというか、正反対で、人生あちこちで大きな損をしているんだよなあ)

しかし、人脈が広がっていったことでいろいろな道が開けてきた。
金工をやっている先輩から「鐸木さん、あなたは伝統工芸の技術を学んでいるんだから、その強みを生かさない手はない。現代的な作品を日展に出し続けるのはいいけれど、それだけでなく、雛人形をやってみなさい」とアドバイスされた。
そこから、木彫木目込み衣装人形による雛人形、という、今まで誰もやっていなかった道を切り開くことになった。
僕も、そのほうがはるかにいいし、後世に残る作品になりえるんじゃないの、と言った。

その集大成がこの雛人形だ。

お袋はアーティストというよりはオタク気質の人だったんじゃないかと思う。技術的なところでとことん凝る。木目込みした生地の上からさらに彩色してみたり、木目込みで十二単をやってみたり、細かいところにこだわり、いろんなことをしていた。
だから、現代風の人形であれやこれややっているよりは、こうしたものをじっくり作り続けた晩年は正解だった。

お袋にはいっぱい文句を言いたいこともあるんだけれど、死ぬまで好きなことをやり続けた人生は、まあ、普通にはなかなかできないことではあるのだろうな。
その分、家族が人生を狂わされた面はあるんだけれどね。
お袋はカリスマ性というのか、人を納得させてしまう力が強すぎるようなところがあった。家族も呑み込まれてしまう。特に子供の頃は、お袋の影響は大きくて、自信満々に何か言われると、そういうものなのかな、と思い込まされてしまった。今から思えば、間違ったこともいっぱいあったのに。
しかしまあ、生き様はあくまでも自分が切り拓くもの。自分の人生は自分の責任。お袋の生き方に負けてしまうようではいかんわね。



鐸木能子 最後の雛人形



他にはわずかにスナップ写真が残っているだけ



上の立ち雛はちょっと大きすぎて、バランスがどうかな。これだけは我が家に残っている(はず)



後を継いだ助手さんの作品。助手さんはお袋が死ぬ2008年の2年前に弟子入りした。これは2011年の作品。この年くらいから自分のスタイルを見つけて、一気に進歩したと思う


雛人形は、おばあちゃんが孫の初節句ために買ってあげる、というようなケースが多い。アート性とかより、可愛らしいとか、部屋に飾りやすい大きさとか、値段とかで売れる、売れないが決まる。
しかし、お袋の雛人形は、年輩の人が「自分のために買う」ということが結構あった。
ひな祭りとは関係なく、部屋に飾っていつも見ていたい、という人が、相当な金額を出して買っていった。
お袋に言わせれば「決して裕福そうには見えない。年金暮らしの独居老人」のようなお客様も多かったそうだ。
そういうお客様が少なからずいた、ということは、お袋も幸せだっただろう。

願わくば、そうした人たちの手に渡った雛人形が、ゴミとして廃棄されるようなことなく、いつまでも次の人、次の家に引き継がれていってほしい。

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