一つ前の日記へ一つ前へ |  目次へ   | 次の日記へ次の日記へ

のぼみ~日記2018


2018/10/14

岩崎観音



レオのことがストレスになり、僕自身ここ数日ずっと調子が悪い。
親父のことや義母のことも重なって、命の最後をどうするべきか、どうできるのか、ということばかり考えている。
しかし、考えても何もできない。このままだと風邪をひきそうなので、身体を動かそうと、涼風号MarkIIに乗って、あてもなく走り出した。

カエルが産卵していた田んぼも、モンシロチョウが飛んでいた畑も、もうすっかり色がなくなり、寂しい風景になっている。
車もほとんど通らないので、いつもは走らない道を進むと、岩崎観音に来てしまった。
ここは一度、上の奥社まで上ったが、石仏の奉納年代でも調べようかなと思って登り始めた。

ちなみに、ここの参道口にはかつて岩崎山自性院正観寺というお寺があったが、明治5(1872)年に廃寺に。翌年、知新舎第一分校ができ、明治17(1884)年には校舎が新築されて「岩崎学校」と改称。明治28(1895)年、落合東小学校が開校になって閉校……と歴史を経て、今は地元の老人たちが集うゲートボール場になっている。
岩崎観音はここから上っていく。少し上に本堂があり、さらにずっと上に奥の院がある。
毎年3月最終日曜日に「岩崎観世音大祭」があり、子宝に恵まれたい夫婦が参拝し、玉子をもらっていく。その後、子供が生まれたら、翌年の例大祭にお礼として倍の数の玉子を納めにくる……という風習がある。
その子宝を授けてくれる「鶴の子観音」は奥の院にあるそうだ。


首が落ちた石仏

亨保廿?……亨保年間は21年までだから三本に見えるけど「丗」ってことはないな



本堂まで、今回は脇道から上った。正面の石段でのぼると約100段。ここまでもそこそこのぼる。このところずっと散歩ができてないので、足腰が弱っているのを実感



木鼻いろいろ。これはまあ龍でしょうね



↑これは普通に獅子だが、↓こちらは角があるので狛犬か



さらにこれは蹄があるので麒麟系か



↑よく分からない

本堂


奥の院はそこからさらに上っていく。途中、古い石仏が点在している

これは延享元(1744)年10月とはっきり読めるが……


粉々になった石仏もある



奥の院への道はかなり険しい

こんな感じのところを上っていく


その途中にも石仏が点在



酒水岩? なんだろうと行ってみると……

これかな? 木の枝を払うと、明日香村の酒船石みたいな感じに見えるのかもしれない

(次ページへ)


タヌパックブックス


『彫刻屋台図鑑01 鹿沼の彫刻屋台』

ユネスコ無形文化遺産登録で注目が集まる鹿沼の彫刻屋台。全27屋台を128ページフルカラーで「アート」として見つめ直す写真集。
B6判・128ページ フルカラー オンデマンド 無線綴じ  1480円(税別) 送料:220円
■ご案内ページは⇒こちら 

『彫刻屋台図鑑02 宇都宮・今市の彫刻屋台と天棚』 

写真・文:たくき よしみつ 写真:鐸木郁子  地元の人でも滅多に見ることがないという石那田、徳次郎の屋台(計12台)の他、今市の6台、その他、東下ヶ橋の天棚など、合計23台をフルカラー写真で収録。収録写真画像500枚超。類書がない貴重な資料。
B6判・132ページ フルカラー オンデマンド 1480円(税別) 送料220円
ご案内ページは⇒こちら

HOMEへ 狛犬ネット入口目次へ

狛犬ネット売店へ
『神の鑿』『狛犬ガイドブック』『日本狛犬図鑑』など、狛犬の本は狛犬ネット売店で⇒こちらです


更新が分かるように、最新更新情報をこちらの更新記録ページに極力置くようにしました●⇒最新更新情報
  


一つ前の日記へ一つ前へ |  目次へ  | 次の日記へ次の日記へ

 
Kindle Booksbooks    たくきの音楽(MP3)music    目次へ目次    takuki.com homeHOME


Google
nikko.us を検索 tanupack.com を検索