相生町の屋台
制作年代は明治7年頃で、彫刻は大出常吉と石塚吉明によるものとされている。
石塚家は「磯部系」の系譜で、初代・石塚直吉知興が天保15(1844)年頃に鹿沼に移住。
その子で二代目が直吉吉明(1795-1868。田沼町出身)。
弘化3年(1846)今宮神社大修理での大羽目製作。上石川の天棚彫刻。戸張町の星宮神社、草久の姫宮神社などにも彫刻作品。
屋台彫刻では鹿沼の下田町、戸張町、今市の住吉町、日光の大工町、宇都宮の徳次郎町中町などを手がけた。
その門下に神山政五郎(1808-1892)がいて、そのさらに門下に大出常吉(彫常)(今市瀬川出身)がいる。
大出常吉は菊彫りの名人で、神山政五郎門下として「政次」を名乗った。
(以上、
江戸彫工系譜・実態調査などから引用)
今市の彫刻屋台の中で唯一の漆塗り屋台。
緑の控えめな彩色を施した鷹二羽と松の枝が鬼板。
一木彫りの柱飾り。前蹴り込みに細かな波。
脇障子は鶏と菊。高覧下と車隠しが一体で波(泡の粒まで)と千鳥。
障子回りに葡萄と小鳥。後ろ鬼板は二羽の鳳凰と牡丹。
高覧は直高覧(漆塗り)