会議は日没まで延々と続いた。
大きな視野に立つ提言から、細かな具体的な策まで、いろいろ出た。
とりあえずできることの一つとして、作付けをしないにしても、田圃に水を入れたらどうかという案が出た。カエルや水棲生物のために。
来年、水田を復活させるためにも、カラカラに乾かしておくよりは水を入れたほうがいいのではないかとか、いや、どっちがいいのかは誰も分からないだろうからとりあえず実験してみればいいとか、いろんな意見が出た。
村への要望は具体的なもの、逼迫したものに絞り、実現性を上げるために、伝え方もいろいろ工夫する。
それとは別に、国や県にこのまま切り捨てられるのを坐視しているわけにはいかないから、我々の存在証明を積極的に全世界に向けて行っていく。
「帰る・川内」ステッカーなどは非常によい例だ。これはすぐに増刷して配ろう。
ついでにニシマキ@自然山通信考案の、獏原人村「被"獏"証明書」グッズ。
獏原人村に来た人たちに買ってもらう。
「あなたは獏原人村に来村され、獏の美しい自然を満喫し、おいしい空気を十分に吸って被「バク」されたことを証明します。○年○月○日 x.xxマイクロシーベルト/時 獏原人村村長」
「1号機から4号機まで形が違う福島第一チョコレート、饅頭、カステラ……」などというありがちなアイデアも出たが、お菓子屋さんが参加していなかったのでとりあえずはアイデアだけ。
助手さんからは「上半分が溶けているスティック型の燃料棒チョコ」などというアイデアも出たが、却下された模様……。
早急になんとかしてほしいものとしては、やはり水と土壌の放射線汚染を調べる機構の設立。国や県が何かやるのを待っていてもどうしようもないから、村が買って東電に請求しろとか、いや、今は世界中でその手の機器は入手困難でしょ、とか、あれは専門家がはりついて操作しないと正確な数値が得られないんじゃないの? などなど、これまたいろいろな話が出た。
はっきりしていることは、福島だけでなく、これから先、日本人はみな放射能とつき合いながら生きていくしかないということ。
国が乱暴なことを決めると迷惑するばかりだから、最終的にはひとりひとりが考え、判断していくしかない。その判断の材料を正直に提供せよ、ということだ。
例えば、福島市内、郡山市内などの学校校庭から高い放射線量が検出され、グラウンドの使用を制限するなどの動きが出ている。
文科省が子供の年間被曝限度目安を20ミリシーベルト(3.8μSv/h)に引き上げると発表したことで、あちこちで抗議の嵐が巻き起こっているが、遠くの人たちが数字上の議論で熱くなったところで、実際問題として福島に住む人たちはどうすりゃいいのさ、と言いたい。
年間20ミリシーベルトだろうが1ミリシーベルトだろうが、学校だけでなくあちこちが汚染されてしまったわけで、福島の人間にとっては、現実にそういう環境で生きていくのか、諦めてどこか遠くへ引っ越しするのかという選択しかないのだ。
文科省が「すみません。やはり年間1ミリシーベルトということにします」と言ったところで、何かよい方向に事態が動くというのか。
グラウンドや公園の土が汚染されているということは、そこいらじゅう、どこもかしこも汚染されているのである。役人が数字をいじったら下がるわけじゃない。
土の入れ替えやコンクリートの洗浄などで放射性物質をある程度取り除けるなら、まずはそういう努力をするしかない。その上で、神経質になって身体を壊すのと実際に放射性物質を体内に取り入れて内部被曝し続けることで将来健康を害すリスクとを比較しつつ、どこかで割り切って生きるしかないではないか。
子供には生活圏を選ぶことができないから、最終的には親の判断になる。
しかし、親としても、失業して金が入らなければ、子供を育てることもできない。
我々が今いちばん怒っているのは、お上がいつまで経っても正直にならず、机上の操作だけで問題に取り組んでいることだ。
まずまっさきに謝りなさいよ。
今までの国の政策は間違っておりました。長い間嘘をついてきました。政権交代しても、嘘つき体質はそっくりそのまま引き継いできました。これからは嘘をつかずに、正直に取り組むことを誓います。
……お上がそう言ってくれたら、どれだけ希望が持てることか。
……とまあ、いろいろな話が出たが、日没で解散。
帰りにニシマキ師匠のおうちにお邪魔して、ウサギを見せてもらった。
ここにも近所の犬が5、6匹集まってきていた。
村に残った人、戻った人の家は、必然的に集まってくる犬の世話係をする羽目になっている。