ガロも、考えてみると不幸なバンドだったかもしれない。ギターフリークの二人と、ギターがうまくない、だみ声の一人が組んだ3人組。ヒットした『学生街の喫茶店』を始め、知られている曲のほとんどは当時の売れっ子作曲家、作詞家が提供したもので、彼らのオリジナルはアルバムには収録されたものの、どれもCSNのコピー色が濃厚だったりして、ヒットはしなかった。
例えば『時の魔法』や『暗い部屋』(堀内護・作詞作曲)は『青い目のジュディ』の影響を強烈に受けているし、他にも、ああ、これは『Helplessly Hoping』だな、これは『Carry On』だな、『Teach Your Children』だな、『Find The Cost of Freedom』のイントロそのものだな……などなど、CSNの元歌?をすぐに連想できる曲がいっぱいあった。
CSN(Crosby,Stills & Nash)が始めたと言われている「アコースティックロック」の衝撃は大きくて、アメリカでもその名もAmericaというバンドが放ったヒット曲『Horse with No Name(名前のない馬)』などはCSNの影響をすごく受けていた。
かく言う僕も、一時期は夢中になっていたし、自分の曲作りへの影響も大きかった。特にクロスビーが多用したEm9を基調にした奏法は今でも自分のギタープレイの基本のひとつになってしまっている。
ローラはとにかく天才型のソングライターで、歌詞は神がかっていて英語ネイティブでも意味不明だというものが多いし、メロディは奔放で自在。それでいて透明で突き抜けている。ポール・サイモンみたいに「まとめ上げる」タイプじゃない。
ただ、唱法がエキセントリックで声もキンキンしていて安らげないから、好き嫌いがはっきり分かれてしまうのだろう。
実際、ローラの作品は自分で歌ったものよりカバーされたものばかりがヒットしている。
And When I Die は Brood Sweat and Tears や Peter Paul & Mary
Stoney End は バーブラ・ストライザンド
Wedding Bell Blues、Stoned Soul Picnic 、Sweet Blindness 、Save the Country などはフィフス・ディメンション
Eli's Coming はスリー・ドッグ・ナイト
Emmie は フランク・シナトラ……などなど。
でも、僕はこれらのカバーバージョンの多くはそれほど好きではない。(Peter Paul & Mary の And When I Die だけはコピーもしたのでローラ本人が歌うバージョンよりも思い入れが深いけれど)
どの曲も、ローラが歌っているオリジナルバージョンに比べると魅力というか「説得力」が落ちる。
なぜだろう。
ユーミンの曲も、英訳されてアメリカ人女性ヴォーカルグループに歌われたりしていたが、全然よろしくなかった。ユーミンは決して歌がうまくはないけれど、それでも本人が歌うバージョンがいい。
『卒業写真』なんかは、ハイファイセットという日本でも有数の「うまい」グループが歌ってヒットしたが、あれとて僕はユーミンが歌ったバージョンのほうが好きだ。
ユーミンの場合、メロディが素晴らしいのに、カバーしている歌手たちがみな、こねくり回したり、「うまいでしょ」唱法で歌っていて、メロディのよさを汚しているところがある。
でも、ローラ・ニーロの場合は、メロディだけを抽出してきっちり歌い上げたり演奏したりしても、オリジナルの不思議なパワーが削がれている感じがする。
やはり、ローラ・ニーロはただのソングライターではなく「アーティスト」なのだ。
生き様がビシビシ伝わってくる歌唱や演奏。そこに大きな魅力がある。
声がキンキンしていて辛いなあと思うことはよくあるが、それでも「ローラ・ニーロ」全体がひとつの作品なのだろう。