2015/11/16-20
化粧おじさん
こないだ作ったベンチ。連日の雨に濡れ、なんだか艶っぽい
雨の日が続いてお散歩もなし。
ちょこちょこと、いろんなものの「化粧」をしている。
上の写真は雨に濡れたベンチ。こないだ作ったやつだが、こうして見るときれいでいいけれど、やはり塗装しないとすぐに傷むのだろうな。
阿武隈時代に知ったインウッドという塗料を注文した。
インウッドは木部に染み込むオイル系の塗料でアメリカ製。
日本では木部塗装にはキシラデコールというドイツ製の塗料がよく使われている。重要文化財の社寺などにも使われていると聞いたことがある。
しかし、キシラデコールは最低でも二度塗り、推奨は三度塗り以上で、塗料の価格も高い。大手商社が独占輸入しているためだ。
アメリカでもキシラデコールは売られているが、一度塗りでOKという触れ込みのインウッドのほうが人気があるという。アメリカ国内では輸入品のキシラデコールよりも国内製品であるインウッドのほうが高いらしい。日本でのキシラデコールの価格が高すぎるということだろう。
僕がインウッドを初めて知ったときは、キシラデコールより安かったのだが、今は逆に、インウッドを輸入していた小さな商店が独占輸入に成功して大きくなったようで、インウッドの価格が上がり、キシラデコールより少し高くなった。まあ、これは円安が進んだことが大きいと思う。ほんと、庶民にとっては円安でいいことなんてほとんどない。


今回は色は薄いほうから二番目くらいの「メープル」というやつにした。
2015/11/19

ようやく晴れたので、本日塗装

裏から塗る

まあ、塗るのは難しくはないので、普通に終了

ついでに、玄関横に置いてあったこれも塗ることにした。こっちに来てから買ったのだが、ずいぶん傷んできた

乾くともう少しいい感じになるかもしれないが、インウッドは染み込ませタイプなのでなかなか乾かない

翌日になってもまだ乾かない
2015/11/16
こちらはローランの内張剥がれ部分をなんとか化粧しようというもの。
中古車屋さんが頑張ってだいぶ直してくれたけれど、それでも隙間が目立っていた。
車を最初に見たときから、ここは銀色のモールか何かで縁取りしてしまえばいいんじゃないかと思っていたが、問題はイメージ通りのモールがあるかどうかということ。
アマゾンで丹念に探したら……あった。ほんとになんでもあるのね、アマゾンは。

↑これ

カーブのところが難しそう。うまく貼れるかな……

いいんじゃないでしょうか。こんな感じで
3年前の今頃

フェイスブックはときどき、○年前の今日、あなたはこんなことをやってました……と、過去の投稿を出してくる。
人生を見張られているようで気持ちが悪いが、どうせもう長くないしね。記憶力も極端に落ちているので、「へえ~。そうだったっけ」と、素直に懐かしんでいる。
今日はこんな画像を出してきた。
3年前か……。
そんなに昔のような気はまったくしない。今と変わらない光景。
ここに来てからもう4年が経ってしまったのだなあ。ネコどもも4歳半になったのだなあ。
4年もこの家で過ごしたという実感がどうしてもわかない。

これが今日(2015年11月20日)の同じ場所。同じじゃん。よく見ると、モニターとスピーカーが大きくなっているけれどね

おまえさん、邪魔……むにゅ~ こちょこちょ
少女の覚悟・大人の逡巡
それにしても4年経ったというのはここで4年間暮らしてきたということで、やはりどうしても信じられない思いだ。せいぜい2年くらいしか経っていないような気がする。
時の流れといえば、これもびっくりした↓
16歳の彼女には、今年の夏、「ミドーリ夏フェス」という小さなイベントで実際に会った。おじさんは内気なので女の子とはうまく話せない。(『ビッグバンセオリー』のラージみたいに)なので、内容のある話はまったくしなかった。「ビールを……」「はい」……という会話くらい。それが正しい「日常」だと思うから、それでよかった。
で、改めて驚いたのは彼女がここで「あのとき小学5年生だった」と話していること。
原発が爆発したときに小学生だった子が、今は16歳になり、こんな風にしっかりとものを考え、行動している。
感慨深い。
一方で、↓これは今も川内村に残っているニシマキさんが2年前にフェイスブックで紹介し、コメントを書き込んでいたもの。
50分あるので、全部見るのは大変だが、今改めてこの記者会見を思い出して書いているニシマキさんのコメントが、まさに「そうなんだよなぁ……」というものなので、そのまま一部抜き出してみる。
原子力はパンドラの箱みたいなもので、そこに手を出したら最後、人類はどうしていいのかわからないというひとつの事例なのだと思うけれど、村長の発言の中にある複雑な胸の内とやりたくてもできないいろんなこと、それを見て思う村人の違和感と、村の外にいる人が思うこととは、それぞれちがうんだと思うけど、一番の問題は、こういうことが今も現在進行形だということを、多くの人がすっかり忘れている、ということかなぁ。
あまりにも問題の根が深く、また、そこに自分がアンガジェできる余地がないことを知り、僕は村を出たわけだが、ニシマキさんは今も残って見守っている。
何ができるわけではないから偉そうなことは言えないと自戒しながらも、忘れてしまうことは許されないという思いは僕も同じだ。
理想や理論だけでは毎日の「仕事」ができない大人たちは、あまりにも複雑な問題を目の前にして、次第に沈黙していく。
変だなと思いながらも、与えられた仕事を淡々とこなすようになる。
それを責められない一方で、こうした構図をなんとかしていかない限りはどうにもならないじゃないか、変えなくちゃダメじゃないか、ということも分かっている。
あのとき、人柄がよく、人望もあるリーダーたちが、放射能問題の基礎さえ知らず、間違った行動をした例がたくさんある。もはやそういうリーダーではこれからの社会を引っ張っていけない、まとめられないことははっきりしている。
遠藤村長はあの地域には珍しく、理解力も決断力もあるリーダーだった。だからこそ悩みも深く、今はさらに苦しんでいることだろう。それともやはり「慣れて」きてしまったのだろうか……。
あれからもうすぐ5年。この国は何も変わらないどころか、急速に歴史を逆戻りしているようだ。
今はまだしがらみが少ないこどもたちの世代が、これから先、社会の複雑さとどうすり合わせて生きていけるか……想像を絶する困難な課題だけれど、少なくとも、彼女のように問題を直視する姿勢を持つ若い人たちが出てきていることは救いだろうか。
おそらく16歳の彼女は、あのとき行動を誤った多くの首長や役人たちより知識を持っていることだろう。これから先、偏狭な理論に走ったり、あるいは自暴自棄になったりすることなく、より太く深い知識・理論を身につけていってほしい。あとは、そうした個々の力が、システムに反映されるかどうかだ。抹殺されるような世の中に向かっていることは間違いないが、取り返しがつかなくなる前になんとか方向を変えていけないものか。
それには今逡巡し、沈黙している大人たちが一人一人動くしかない。
子供を守るために、家族を守るために沈黙は金……と思っている大人たちがあまりにも多い。その沈黙こそが権力を暴走させ、巨大な暴力を生み出すことは、歴史が何度も証明している。

映画『Threshold:Whispers of Fukushima』が「第41回国際環境フィルムフェスティバル EKOFILM」ワールドプレミア上映決定。
12月にToko Shiiki監督が日本初の上映会で、福島、京都、栃木を回ります。
2015年12月29日(火曜) Daddy's Cafe(栃木県日光市土沢)にてミニコンサート付き上映会。
18.30開場。監督挨拶、90分の上映の後、映画の音楽監督をつとめたErik Santos氏とたくき よしみつによるミニコンサート。
予約・前売り:1800円、当日・2000円。
予約・問い合わせはDaddy's Cafe(0288-32-2103)へお電話で。
更新が分かるように、最新更新情報をこちらの更新記録ページに極力置くようにしました●⇒最新更新情報
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「福島問題」の本質とは何か?
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『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』(岩波ジュニア新書 240ページ)
『裸のフクシマ』以後、さらに混迷を深めていった福島から、若い世代へ向けての渾身の伝言。
複数の中学校・高校が入試問題(国語長文読解)に採用。大人にこそ読んでほしい!
第1章 あの日何が起きたのか
第2章 日本は放射能汚染国家になった
第3章 壊されたコミュニティ
第4章 原子力の正体
第5章 放射能より怖いもの
第6章 エネルギー問題の嘘と真実
第7章 3・11後の日本を生きる
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『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』(講談社 単行本352ページ)
ニュースでは語られないフクシマの真実を、原発25kmの自宅からの目で収集・発信。驚愕の事実、メディアが語ろうとしない現実的提言が満載。
第1章 「いちエフ」では実際に何が起きていたのか?
第2章 国も住民も認めたくない放射能汚染の現実
第3章 「フクシマ丸裸作戦」が始まった
第4章 「奇跡の村」川内村の人間模様
第5章 裸のフクシマ
かなり長いあとがき 『マリアの父親』と鐸木三郎兵衛
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