親父の介護問題の続き。
あれからいろいろあった。
当初決まっていた手術は、脚の化膿菌が身体中に回って高熱が出たとかで延期に。
認知症の進み具合が想像を超えていることが分かったので、もはやひとり暮らしは無理だと判断。
今までなんとかひとり暮らしをしてこられたのは、親父が入っている短歌の会の主宰者(マンションの同じ階の住人で、親父の部屋の大家さんはその娘さんでお隣)と会のメンバーの力が大きかった。
お袋が死んだ後の親父の生活と生き甲斐は、その短歌の会の人たちとの交流が95%くらい占めていた。だからこそ、横浜から移すことは無理だったし、親父の金、親父の人生なのだから、最後はどれだけ滅茶苦茶だろうが、ギリギリまで好きにさせようと、僕も思っていたのだった。
しかし、これ以上はみなさんにも迷惑がかかるし、物理的にも無理だ。
短歌の会のメンバーのひとりが、なんと、親父のために介護施設を紹介してくださって、その線で話を進めるため、何度か横浜に出向いた。
赤の他人のためにそこまで面倒を見てくださるかたがいるとは、信じられない思いだが、それだけ親父が会の中で可愛がられていたということが救いだ。
親父の部屋を片づけていると、今まで「ない」とか「なくした」「捨てた」と言っていた重要書類が隠してあったり、弁護士から「遺産相続問題を任せてくれたら遺産の○%を着手金に、報酬は……」などという契約書が出てきたり、ギョッとするようなことの連続だ。今もそれは続いている。
認知症は病気なのだから仕方がない、と人は言うが、長いつきあいで裏まで分かっている身内には、そう単純には割り切れないことがいっぱいある。
単純に身体が弱って、脳も弱って、だから介護が必要で……という話ならまだいいのだが、いちいち対応をやっかいにさせるようなことをしでかしたり、隠された事実が出てきたりするから、こちらは疲労困憊。疲れるだけでなく、心がずたずたに傷つけられる。
こっちだって60代の爺なんだから……身体も心も休み休みじゃないと倒れてしまうよ。
家族の問題はさすがに書けないが、単純なエピソードとしては、今の日本、認知症老人を手玉にとって金を巻き上げる商売があたりまえのようになっていることに驚かされる。
例えば、NTTの光回線を親父はもう何年も使っていない(ルーターの電源を抜いていた)のだが、預金口座からは毎月1万円弱の料金が引き落とされ続けていた。
それに気づいて、僕は何度もNTTファイナンス(料金徴収代行会社)に電話をしているのだが、何度かけても「ただ今混み合っております。もうしばらくお待ちください」のアナウンスが繰り返されるばかりでつながらない。
仕方なく、最後はスッカラカンになった親父の口座を事実上閉めて、引き落とし不能状態にした。
未払いで自動的に解約になるだろうと思ったら、今度は弁護士事務所から未払い金取り立ての督促状が届くようになった。
こういう状況で、使っていない回線やらサービスやらの自動引き落としで財産をどんどん減らしている老人は日本中にたくさんいることだろう。
お袋が死んだとき、僕はお袋の遺産相続を放棄して、親父に一括相続させる書類を作り、署名捺印して親父に渡した。しかし、その書類はそっくりそのまま部屋から出てきた。
お袋の預金口座がどこにあるのか、親父も知らなかったらしくて、それを嗅ぎつけた弁護士から、相続手続き委任契約書なるものが出てきた。
事件名 遺産分割示談交渉事件
相手方 未定
裁判所等の手続き機関名 なし
などと書いてある。相手方未定の事件って……。
弁護士報酬として、着手金は依頼者の取得した相続分の3分の1を基準として云々。報酬金は……。出張日当は……。などと、「事件」の内容よりも弁護士への報酬のことが細々と書かれている。
仮に相続人全員の取得か価額が合計約1098万円である場合、着手金は29万4840円。報酬金は58万9680円。出張日当は2時間以上4時間以内で3万2400円……
ここに出てくる1098万円というのは、お袋が残した預金の総額で、弁護士はこの金額をもとに算出しているようだ。
1098万円のうち、88万4520円+日当をいただきますよ、という内容。
親父はこれをずっと隠していた。
弁護士が手紙をよこしたという話を聴いたときに、「絶対に接触するな。無視しろ」と厳重に言い渡したのに、のこのこと弁護士事務所まで出向いていったらしい。
サインはしていないというのだが、本当かどうかは分からない。
こんな風に、金があると分かったターゲットには、オレオレ詐欺だけでなく、企業や弁護士なども群がり、奪えるだけ奪っていく。合法であるとなれば、これは立派なビジネスになる。
ニュースでは詐欺事件のことは報じるが、こうした「合法」の老人騙しビジネスは一切報じられない。
介護問題だけでなく、こうした犯罪もどきの攻撃にも対抗していかなければならないわけで、疲れる。
しかも、当の老人は認知症で、物事の判断がまともにできない。家族に対しても疑心暗鬼になって重要なことを隠す一方で、赤の他人でも、言いなりになってしまう。
たまらんなあ。
親父の部屋(横浜のマンション)は今月中に空っぽにして引き渡すことになった。
本が大量にあるので、処分が難航する。短歌の雑誌は買い取り不能だから資源ゴミに出すしかないが、マンションは3階まで階段なので、運び出すのも大変だし、資源ゴミは出し方が厳しいのでさらにやっかい。結局は業者に金を出して持ちだしてもらうしかない。
その他、美術全集など高額な本は捨てるに忍びないので買い取り業者に出すことにしたが、値段がつかないことは分かっている。きれいなCD50枚で504円だからねえ。
文章も音楽も映像も、今はデジタルファイルでやりとりされ、その「軽さ」ゆえに無料があたりまえのように見られてしまう。
文章や音楽を売って生きてきた身としては、実に苦しく切ない。
「もの」のあわれ、ここにきわまれり。
親父の脚はよくなってきたが、もう一度手術をすることになった。その後、退院した後が問題で、入所できる施設との正式契約はまだなので、不安を抱えたままの作業が続いている。