A博士とは世間話からエントロピーの話、環境論(?)、そしてアカデミズムの世界の限界やら展望やら……雑多な話題で夕方まで話をした。
A博士にも僕にも多大な影響を与えた資源物理学者の槌田敦さんや「エントロピー経済学」を提唱した室田武さんはまだご健在で、今年も年賀状が届いた。
しかしお二人とも、日本では大学に職を得続けられたものの、その能力や実績、志に対してあまりにも「社会」の評価が低すぎた後半生を送ってきた印象がある。
前にもどこかで書いたが、かつてテレ朝の『朝まで生テレビ』が「原発は是か非か」というテーマで2回放送した際、推進派寄りの立場で出ていた舛添要一が「私は、槌田敦さんのエントロピー論はノーベル賞ものの仕事だと思っていますが……」と前置きした上で話を始めたのは今でも記憶に残っている。
そのときは、僕は槌田敦さんの『資源物理学入門』も読んでいなかったから、なんのことだか分からなかった。でも、番組が終わった後にもやもやが消えず、槌田さんの『資源物理学入門』と室田さんの『エネルギーとエントロピーの経済学』を買って読んで、すべてが分かった。
あのとき舛添氏は、
「私はここにいる他の連中とは違って頭がいいから、あなたがたが正論を述べていることは分かっているんですよ。でも、その正論は現実社会では決して受け入れられないし、私は正論にこだわって人生を棒に振るような生き方はしないんですよ」
……と言いたかったのだろう、と。
資源物理学入門を読んでこの世界の仕組みが分かった衝撃は大きかった。それで書いたのが『マリアの父親』だった。
僕ができることはエンターテインメントの世界で「地球の仕組みの真実」に触れるきっかけを発信することだ──な~んて大上段に振りかぶって書いたのだった。
あれから四半世紀以上が経った。
槌田敦さんや室田武さんは、あの時期を最後にメディアに登場することはほとんどなかった。
「フクシマ」が起きて、小出さんが少し注目されたが、5年経つ今では、ネットでさえ小出さん発の情報はほとんど見ない。
藤田祐幸さんは昨年亡くなった。
原子力規制委員会で孤軍奮闘していた
島崎邦彦氏も退任。
「どんな精密な理論を作ろうと、自然がそうではないという事実を示せば、それに従わなければならない」
……という退任の記者会見での言葉も、今もトップにいる田中俊一氏などには馬耳東風なのだろう。
これから先、槌田敦氏らの後継者と呼べる学者は存在しうるのだろうか? もちろん存在はするだろうが、一般人の目にとまる場所に出て発言できる機会はどんどん消されている。
この国は、知力を正しく使おうとする人材を排斥し続け、知や合理性よりも利権と欲望を選ぶシステムを構築してきたように思える。
「博士」たちの世界
博士号(PhD)とかけて「足の裏の米粒」と解く……というなぞかけがあるそうだ。
そのココロは、「取らないと気持ち悪いが、取っても食えない」
A博士にアカデミズムの世界のことを少し聞いて、ネットでいろいろ見ていたらこんな動画があった↓
A博士がアメリカに渡る決意をするまでの話などとも概ね合致する内容。
どんな世界でも、つぶされずに自分の力を発揮し続けることはとてつもなく大変なことなのだと、改めて思った。