昭和38(1963)年の創刊。私は小学校3年生になったばかり。
冒頭のしょーもない特集。こういうのは今と同じだなあ。
「背広はイギリス製、パイプはダンヒル。ライターはロンソン。……本人だけは国産品ってとこね。ホホホホホ……」
……なんやそれ? この頃は舶来品信仰が強かったのか。「国産がすごい」「日本製が世界一」という自負が芽生えていくのはこの後、昭和40年代以降なのかな。
ミッチーブームが過ぎ、宮内庁周辺からの美智子妃いじめが大衆に報道されていた頃か。
さらにしょーもない企画記事。有吉佐和子と三島由紀夫が銀座で「デイト」をするというやつ。三島由紀夫が読者プレゼントを選ぶとか、最近の若者は初めての「キッス」を宮城(「みやぎ」じゃない)前か外苑でやるのは信じられんとか、ほんとにアホな内容。
三島は「おれはなんでも金色だとほしくなっちゃう」んだそうで、読者プレゼントには金糸の入った黒レースのショールを選んだとか……しょ~もな~。
そういえば、小学校1年生のとき、お袋が親父に断りもなく、仕事帰りの道筋にあった不動産屋で契約してしまった川崎市の家(新築建て売り)が78万円だった。沼地を埋めた土地にインチキな土地区画をして、これでもかというほどのバラック(死語?)建築の家。壁はベニヤ板、外壁はトタン板、トイレはくみ取り(しかも便槽が浅いのですぐに溜まる)。家は冬になるとすきま風だらけで耐えられず、土台が傾き、後からすぐに裏側に家が建ち、登記がいい加減なことが分かり、その不動産屋は詐欺で捕まったっけ。
物価が今の10分の1くらいだったのかな。
逆に、車の値段はほとんど変わっていないから、価格が10分の1になったということだ。でも、今は高級車と軽自動車の両極に分かれて、自動車も格差が進んだ。
女性セブン創刊号から学ぶ帝銀事件
ちょっと驚いたのは、こんな硬派記事も混じっていたこと。編集部が小説家の菊村到に依頼して書かせている。
ちゃんと731部隊のことに触れている。
女性週刊誌に731部隊の話が……ほおお~、と思いつつ、ついつい帝銀事件について改めて復習してしまった。
Wikiなど、いろいろ読んでみたが、いちばん怖かったのは
⇒この文春オンラインに出ていた生き残り行員の証言。
最後のページに出てくる、
平沢の死刑が確定した時、私は新聞記者に聞かれて、正直に「平沢は犯人と思えない」と、感じたままを答えました。ところが、それから私の家には投書がたくさん舞いこんだのです。その殆んどは、「余計なことをいうな。ロクに覚えてもいないくせに」とか、「青酸加里をよろこんで飲むような頭で、何が判るか」とか、「捜査したものの苦労もしらないで」とかいうものでした。私は聞かれたから答えたまでなのに、……
……という部分はゾッとさせられた。今のネットの風潮とまったく同じではないか。お上がやることにおまえごときがとやかく意見するな、引っ込んでろ、という罵詈雑言。社会は変わっていないのだな、と実感させられる。
- 使われた毒薬の正体が今も分かっていない。(普通の青酸化合物なら即死するはずが、みな、数分は生きていた。さらには1液と2液に分けて2回飲ませており、1液は犯人もみんなの目の前で飲み干している。そのような、1液だけなら無害だが、2液と混ざった途端に青酸化合物と同様の毒物に変わるようなものが使われたらしい)
- 画家である平沢氏がその謎の毒薬をどうやって用意できたのかも分からない。
- 事件の前に平沢氏がいた場所(親族と会っていた)から銀行まで犯行時間にたどり着くのは物理的に無理。
- 物証がゼロ。
- 最後の自供調書は白紙に拇印を押させていたことが専門家の鑑定でほぼ分かっている。
- 使われたピペットは旧陸軍で使われていたものと同じで特殊な器具。
- GHQが捜査に介入した時点で、突然、731部隊の線での操作が打ち切られた。
……これで、最高裁でも死刑確定。30数年の監獄暮らしの末に獄中死。
恐ろしすぎる。
密室での取調べや証拠でっち上げの捜査、裁判は、今もときどき報じられる。帝銀事件は法律が変わる直前の事件で、今なら自供だけで死刑確定などありえないというが、公文書が平気で改竄されたり破棄されたりして、検事総長の人事も権力者の都合で歪められるような昨今の社会システム劣化を見ていると、暗黒社会に向かって突き進んでいるのではないかと恐ろしくなる。
情報公開やメディアの権力を監視する機能が失われると、こういう社会になる。
それも、北朝鮮のようなはっきりとした形ではなく、多くの人の生活には関係がない一部の場所でこっそり行われることの怖さ。
「なんか怪しいけど、自分には関係ない」と見て見ぬ振りをしている間に、気がつくと国全体が完全に権力統制されてしまって身動きが取れない。
そうなったときに、
「お上がやることにおまえごときがとやかく意見するな、引っ込んでろ」
という同調圧力が加わる。
思えば、帝銀事件の頃は、戦前の反省を踏まえて、メディアが今よりも使命感を持って動いていたのではないだろうか。
文春オンラインの生き残り女性行員の証言でも、
平沢一審の時、法廷に呼ばれて証言を求められたので、「平沢は犯人と思えません」と答えたところ、高木検事が起って、「証人の夫は新聞記者で、平沢を白と主張している。その影響で証人も白というのではないか」と論じておりました。
という言葉が出てくる。
森友問題で自殺した近畿財務局職員の妻は、真相を知っているはずの夫の職場仲間が誰も立ちあがってくれない中、一人で裁判を起こし、証言台に立った。
これは大変なニュースだが、メディアはその後、彼女をフォローしているだろうか。
今は、ポスト安倍レース一色で、競馬の優勝馬予想のような報道に終始している。
いつの時代も大衆が負の方向に流されやすいことが変わらないのであれば、知的エリートであるはずのメディア従事者がしっかり動かなければどうにもならない。メディアが大衆と同じように流され、権力の顔色を窺って動いている時代の先には、常に暗黒社会が待っている。
──これは、近現代史がはっきり示していることだ。