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のぼみ~日記 2021

2021/02/26

篠原鉄三郎という石工

曇ってどんよりした金曜日。今日は鹿沼のパン屋さんに行ってみようと思っていた。どうせなら……と、しばらく訪れていない神社3社に立ち寄りながら。
で、改めて気がついた。鹿沼の篠原鉄三郎という石工の狛犬は、個性はないけれどうまいのではないか……と。

「篠原鉄三郎」の銘がある狛犬は相当数あるが、建立年順にざっと拾ってみると……、
他にもまだまだあると思うが、パッと分かるだけでもこれだけ出てくる。
大正14(1925)年から昭和48(1973)年だとざっと50年はあるので、少なくとも二代、三代と続いているはずだ。
これだけ多くの狛犬を残していながら今まで興味が持てなかったのは、どの狛犬も「コピーもの」で、篠原鉄三郎オリジナルと呼べるものがないからだ。
ただ、どの狛犬も技術的にはかなりなもので、へたくそな狛犬はまったくない。岡崎現代型も護国型もきっちり仕上げている。
まさに「ザ・職人」という感じ。千葉の神力講がわざわざ鹿沼の石材店に狛犬を発注しているのだから、当時、北関東では有数の腕を持つ技術者集団だったと思われる。
現在、鹿沼市内には篠原姓が社長の石鉄有限会社や丸章石材工業株式会社という石材関連の会社が複数存在しているので、おそらくご子息だろう。

古峯神社 大正14(1925)年






千葉市の神力講が奉納したもので、篠原鉄三郎銘のものではかなり古いもの。これが初代と思われる。この頃は個性があって「篠原鉄三郎の顔だねえ」という鑑賞ができた。

住吉神社(鹿沼市見野) 昭和2(1927)年







古峯神社の大正14年の2年後。これも初代だろう。この頃の鉄三郎銘の狛犬は、それなりに味のある顔をしていて、江戸獅子をベースにしながらも個性を持った狛犬だった。





古峯神社 昭和7(1932)年








この頃からどんどん顔が猛々しくなり、股間には♂だけでなく♀のシンボルまではっきり刻むなど、表現がきつくなってきた。

三所神社(日光市小倉) 昭和15(1940)年 岡崎現代型









皇紀2600年ものの岡崎現代型は足尾町の磐裂神社や鹿沼市板荷の厳島神社にもある。この時期は受注を受けて淡々と注文通りのものを製造する「メーカー」としてフル回転していたのだろう。


↑足尾町磐裂神社の皇紀2600年もの岡崎現代型。



↑↓鹿沼市板荷の厳島神社の岡崎現代型。これも皇紀2600年。









↑厳島神社のそば、下小代駅の北にある星宮神社の岡崎現代型、昭和20(1945)年10月。石工名はないが、顔の作りからしておそらく篠原鉄三郎だろう。終戦直後に奉納されていることも石工名がないことと関係しているのだろうか。

日光二荒山神社中宮祠 昭和43(1968)年7月


↑↓1992年9月の写真。この苔むしたおどろおどろしい狛犬も篠原鉄三郎だった。



↑↓2000年4月に再訪したときの写真。この頃はまさか自分が11年後に日光市民になろうとは夢にも思わなかった。


岩崎神社(日光市岩崎) 昭和43(1968)年11月


岩崎神社の狛犬は印象が強い。二荒山神社中宮祠に納めている直後の奉納。どちらも「石匠鹿沼市篠原鉄三郎」という銘がある。初代が古峯神社の狛犬を彫ってから50年近く経っており、この頃には代替わりして、分業体制も完成していたのだろうか。







古峯神社(鹿沼市草久) 昭和45(1970)年

古峯神社にある岡崎現代型も篠原鉄三郎銘がある。戦後四半世紀経ち、完全に岡崎現代型と岡崎古代型を量産していたようだ。


熊野神社(鹿沼市富岡町) 平成25(2013)年8月?


この神社には3対の狛犬がいて、ひときわ大きな護国型が実に立派で目を引く。台座には「石工 石鉄 宇都宮市砥上町」とある。この「石鉄」は鹿沼の石鉄の支店なので、社長は篠原さん。台座と上物が年代が違うような気もするので、もしかすると昭和期に作られた「篠原鉄三郎」の護国型狛犬をのせる台座を平成25年に子孫筋にあたる「石鉄」が作り直したということではないだろうか。
護国型狛犬としては実によく彫れている。阿像の顔は岩崎神社の狛犬に通じるものがあり、やはり篠原系の石工によるものに間違いないと思う。

岡崎古代型としては、極めてよくできた逸品だと思う。














千葉神社の獅子山と古峯神社の篠原狛犬との関係、さらには小松石の産出地である真鶴との関係については、こま研の山田敏春さんが詳細な解説をしている。
それによれば、千葉神社の獅子山には、奉納関係者の名前がズラッと並んでいて、篠原石材店から複数の石工が製作に参加したこと、狛犬の石材(小松石)は「神奈川県岩村 獅子用材採掘人 遠藤與之吉」、山を形成する溶岩系の石は「山梨県大月村 黒ボク石採掘人 藤本石材店」と記され、さらには千葉県内の鳶職らの名前が並び、多くの職人が総出で製作したことが分かる。

鹿沼市の古峯神社には篠原狛犬が3対あるが、昭和7(1932)年の狛犬は篠原鉄三郎自身が奉納者にもなっている。
翌昭和8(1933)年の兒子神社(神奈川県足柄下郡真鶴町)の狛犬は、奉納者の一人が遠藤與之吉で、千葉神社の獅子山狛犬のための小松石を提供した石工。
山田敏春さんの調査による

このように、鹿沼の篠原石材店の作品をていねいに追っていくと、戦前から戦後にかけて、狛犬の発注、製作がどのように変化していったのかがよく分かる。昭和1桁台の頃は、千葉、神奈川、栃木を結ぶ石工や、発注する講の関係が密に窺われるのだが、皇紀2600年前後くらいからどんどん岡崎現代型、古代型などの量産をシステマティックに淡々とこなしていくようになっていったことが想像できる。
そうした量産体制の中でも、篠原鉄三郎銘の狛犬はどれもしっかりと作られているところに「石匠」を名乗るプライドが感じられる。

隣の福島県県南地域で同時代を生きていた小林和平、岡部市三郎、野田平業らの生き方と比較すると、とても興味深い。
職人と作家を分けるものは何なのか? 職人気質と作家魂の違い。技術が優れていてもオリジナルを創り出すことにこだわらない人、作家であろうともがくが技術が伴わない人……そうした様々なタイプの石工が、施主との関係、時代風潮との巡り合わせという運命に翻弄されながら一度しかない人生を過ごしていったんだなあ……と思うと、なんとも感慨深い。

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