今日の衝撃は何といっても男子400ｍH決勝。
この種目、日本では為末大さんが世陸で2回銅メダルを取っている。
為末のベスト記録47秒89は2001年8月、エドモントン世界選手権400mハードル 3位のときのもので、当時、彼はまだ法政大学の学生だった。

2005年のヘルシンキ世界選手権でも3位に入るが、記録は48秒10。決勝に残った8人の中で為末の持ち記録は最下位だった。
このときは雷雨でレースが2時間以上も中断し、順延されるという情報も錯綜して、中には帰り仕度を始める選手も。有力選手が次々に調子を狂わせた結果の3位という幸運に恵まれた。

今年7月までは、400ｍHの世界記録は1992年のバルセロナ五輪でケビン・ヤング（米国）がマークした46秒78だった。不滅の記録と呼ばれ、女子100ｍのフローレンス・ジョイナーの記録同様、未来永劫破られないかもしれないとまで言われていた大記録。
それをつい先月の7月6日、陸上ダイヤモンドリーグ第4戦オスロ大会で、カールステン・ワーホルム（ノルウェー）が46秒70を出して世界中を驚かせた。

本人は「完璧な瞬間だった。みんな長年破られなかったこの世界記録について話していた。自分の年齢よりも長い期間不滅だった記録だ」と喜びに浸ったという。
　400メートル障害を巡っては、6月の全米五輪選考会でライ・ベンジャミンが46秒83の好記録を出したばかり。記事では「ワーホルムの記録はすでに熱戦が期待されていた今夏の東京五輪を、より過熱させるものになった」と期待を込めた。
（陸上界に衝撃走った400m障害「46秒70」の世界新　29年前の記録を塗り替えたのは23歳　THE ANSWER 2021/07/06）

この記事にもあるように、ワーホルムが29年ぶりに記録を塗り替える直前には、アメリカのベンジャミンが46秒83を出したことが大きなニュースになっていた。ヤングの記録まであと100分の6秒だと。
ベンジャミン自身も、不滅の記録を破るのは俺だと思っていただろう。
ところが翌月、ワーホルムがあっさり世界記録を塗り替えてしまった。
こうなると、ベンジャミンとしては東京でワーホルムを破って、今度こそ世界記録保持者になろうと意気込んでいたはずだ。

準決勝では、ワーホルムは47秒30、ベンジャミンが47秒37。その他、アリソン・ドス・サントス（ブラジル）が47秒31の南米新記録。アブデルラハマン・サンバ（カタール）も47秒47で、なんと6名が47秒台で決勝に進んだ。
準決勝では、ブラジルのドスサントスが気になった。
頭部にひどい火傷の跡のようなものが認められる。最近では坊主にして金髪に染めていたり、いろんなファッションがあるが、そういうのとは違うように見える。
火傷なのかなあ……と思っていたのだが、そのドスサントスが、3日の決勝の入場のとき、まるで志村けんの爺さんモノマネのようなヨタヨタした仕草で現れて、ますます？？？となってしまった。

↑400ｍHの決勝。入場の際のドスサントスの奇妙なパフォーマンス

この後に入ってきたベンジャミンは眼が完全に「いっちゃってる」し、最後に登場したワーホルムはいきなり雄叫びを上げている。

↑ワーホルムは入場するときから吠えている

この3人、大丈夫なのか？　暑さで頭やられたのか？　それともヤバいもんでも飲んだのか？　などと、レース前から心配になる。

スタートラインに着いたワーホルムは、すぐ隣のレーンで後方に位置するベンジャミンを2回振り向いた↓。


これについて解説の谷川聡さんは「いつもスタートについたとき、ワーホルムはゴール地点をじっと見つめるのがルーティーンになっているのに、今日は後ろを2回振り向いたので、心理的に余裕がないのかなと思った」とゴール後に語っていた。
よく見ているなあ。
ちなみに谷川氏はベンジャミンのことをベンジャ(´)ミン、と、後ろアクセントで言うのよね。

ビックリした～！　ワーホルムの世界新

で、このレースでとんでもない記録が出た。

飛ばす飛ばす、ワーホルム

ななな、なんと、ワーホルムが45秒台を出してしまったのだ。45秒94。

世界中がどよめいた瞬間！

つい先月まで29年間破られなかったヤングの不滅の世界記録が46秒78。それを上回ること0.84秒。

45秒台がどれくらい凄いことかわかるだろうか？
今年6月に五輪選考会となった陸上日本選手権の（普通の）400ｍの記録は、1位：45.75、2位：46.06、3位：46.48。
ワーホルムが400ｍHで出した45.94というのは、日本選手権の400ｍ（ハードルなしの）の優勝記録とほぼ変わらない。2位より速い。
つまり、ハードルなしで一緒に走っても、日本選手はハードルを跳んでいくワーホルムの後塵を拝すことになる。なんじゃそれ。

ちなみに日本選手で400ｍを44秒台で走ったのは高野進ただひとり。それも1991年6月の記録。30年以上前！
それ以降、誰も44秒台には入れなかった。それがハードルなしの400ｍのお話。高野以外のすべての日本選手は、400ｍ（「H」なし）を45秒台で走れば「おお～、いい記録だね～」って誉められる。45秒台というのはそういう記録。あくまでもHなしの記録なのだ。

さらにいえば、400ｍHの日本記録は47秒89 で、為末大が法政大学在学中の2001年8月に出したもの。20年前！
その為末さんの400ｍの自己最高記録がまさに45秒94で高校歴代3位。
為末はショックだろうなあ。ハードルの意味ってなんだったんだろう……って。

2位のベンジャミンも46.17で、7月にワーホルムが出したばかりの世界記録46.70を0.53秒も上回っている。
さらには3位のドスサントスも46.72で、29年続いたヤングの記録を上回ったのだ。


そのワーホルムはゴール後、倒れ込むこともなく雄叫びを上げ、興奮のあまりユニホームを引きちぎった。超人ハルクか。

シャツを引きちぎるワーホルム

他の選手がケツ割れ（極限の無酸素運動の後に来る激痛）で倒れ込む中、雄叫びを上げ続けながら平然と歩き回るワーホルム

ここでのぼるくんがむっくりと起き上がった。興味ないんだよな、おまえは

第三の男・ドスサントス

ここで、俄然、ドスサントスが気になった。
ワーホルムとベンジャミンの対決ということで注目を集めたレースだったが、しっかりヤングの記録を破って3位。
入場のときの爺さん歩きといい、なんなんだこの人は。

Googleで「アリソン・ドスサントス」を検索すると、やはりみんな気になっていたのね↓


しかし、日本語のページにはまったく記述がない。
で、ブラジルのWEBサイトでようやく見つけた。

ポルトガル語なので、Google翻訳で日本語にしてもなんだかよく分からない。英語に翻訳したものも少し変だが、やはりあの頭部は火傷だった。
0歳（生後10か月）のとき、祖父母の家に預けられていて、台所で鍋に入っていた煮えたぎる油を頭から浴びるという事故に遭い、何か月も入院したという。
今も頭部、顔、胸、左腕には火傷の跡が残り、普段は練習中もキャップを被っているという。

で、彼は2000年6月3日生まれで、まだ21歳になったばかりだった。2019年のナポリのユニバーシアード大会では400ｍHで優勝もしている。
もしかして、彼は自分が赤ん坊のときに負った重度の火傷のせいで老けて見えることを、入場のとき、自虐的にパフォーマンスしていたのだろうか。普段からそういうのを定番ギャグみたいにしてきたのだろうか。
想像でしかないが、もしそうなら、切ないなあ。

ワーホルムは1996/02/28生まれ、ベンジャミンは1996/07/27生まれで共に25歳。ドスサントスは二人より4歳も若い。
これからどんどん記録を伸ばして、次はドスサントス時代を築くのかもしれない。注目していこう。

オリンピックって、こういうドラマや個人の歴史が見えてくるのが醍醐味なのに、今回の五輪は、ほんとに「大きなトラブルなく、なんとか終わってくれ」みたいなお役所的な扱いばかりで、情けなくなる。
結局、IOCはもちろん、裏金使って、嘘までついて招致した連中も、メディアも、スポンサーも、スポーツを本当に愛しているわけじゃないのだなあ。