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のぼみ~日記 2021

2021/09/30

鈴木メソードとバークリー音楽院

諸外国の事情を知っているわけではないので断言はできないのだが、今の日本の音楽教育は世界的に見て非常におかしなことになっているのではないか、という気がして仕方がない。
具体的に2点挙げれば、
  1. 幼児音楽教育が「ピアノ教室でバイエル」一辺倒
  2. 音名をドレミで言わせる「固定ド」があたりまえになっている
というあたり。

1. 幼児音楽教育が、なぜか「ピアノ教室でバイエル」一辺倒

ピアノ(鍵盤楽器)を習得させるにしても、バイエルなんていう教則本を使っているのは日本だけではないか、という話はだいぶ前に聞いた。
バイエルの母国であるドイツでさえ、「バイエル? 製薬メーカーの? え? ピアノの教則本? 知らんなあ……」という感じらしい。
あたしも中学3年生だったか、近所のピアノ教室(若い音大生OBがやっていた)に通い始めたときは、あたりまえのようにバイエルをやらされた。その先生に最初「コードを弾きたいんです」と訴えたが「基礎からやるのはあたりまえだから」と、まったく相手にしてもらえなかった。
何か月かは我慢したが、あまりにもつまらなく、苦痛なのでやめてしまった。
はっきりいうが、バイエルは「基礎」でもなんでもない。鍵盤楽器を学ぶのに害悪になるとさえ思っている。

高校を卒業し、20代になる頃、ギターのコードに限界を感じて、やはりちゃんと作曲をやるにはピアノ(鍵盤楽器)でコードを弾きたいと思い直し、月賦(死語?)でコロムビアのエレピアンというエレキピアノ(初号機の店頭処分品)を買った。
そのとき、書店でいろいろ教則本を捜して、バークリー音楽院で使っている教則本というのを見つけて買ったのだが、根性がないので、結局、やらないで終わってしまった。
10代のときにそのテキストを真剣にやっていたら、あるいは子どもの頃、そうした教則本があたりまえになっていて、西洋かぶれの母親がそういう教育をしている音楽教室に私を無理矢理通わせていたら……その後の音楽人生はずいぶん変わっていたに違いない。途中で投げ出したとしても、やり方が間違っていなければ、思い直して頑張って練習したかもしれない。たとえ独学でも。
……なんて、言い訳のように思い返すのは凡人である証拠だわね。

その教則本がどこかに残っていた気がして本棚を探してみた。





お、あった↑ と思ったが、奥付を見ると2001年発行、となっている。
え、たった20年前? 変だなあ。そんな最近だったっけ。
20年前だと40代半ばか。37歳で吉原センセについてギターを1から学び直して、40代初めくらいはいちばん指が動いていた時期だなあ。その後、金欠と離婚の危機になってレッスンをやめてしまったが、その後くらいか。
……そうか。これは20代のときに買ったものとは別なのだな。これではなく、20代のときに買ったバークリーの教則本があったはず。こんなカラフルな表紙じゃなくて、灰色とか緑色っぽい地味なやつだったような……でも、それは見つからない。
で、これも、買っただけで結局やらなかった。

最近、YouTubeでKevon Carterという人の動画を見つけ、非常に興味を持った。
この人、音感が素晴らしくて、いろんな音(動物の鳴き声や子供の叫び声、酔っ払いの歌など)にササッとピアノで伴奏をつけてしまう。
彼が自分なりのピアノ教室的な動画をUPしているのがこれ↓

英語が分からないあたしは、何度も見ながら、ついには自動字幕機能まで使って、彼が言わんとしていることを受けとめようと試みた。

↑YouTubeにはこんな機能もあるのね

多分、あたしと同じことを主張しているような気がする。
音楽教育で最も大切なことは、音符を再生する能力ではない。メロディやハーモニーを作ったり、楽しんだりする能力。それを養うためには、音をバラバラにして高いだの低いだのいうのではなく、頭の中にスケール感を持てるようにすること。そのスケールの高さはどこでもいい。

そうなのよ。こういう音楽教育を受けたかったのよ!

で、日本ではどうか?
21世紀になっても未だにバイエルとかやってる「ピアノ教室」が主流みたいだ。
学校の音楽の時間では何をやっているのか知らないが、これだけアンチ移動ドの若者が増えているということは、50年前に比べて、さらに悪化しているように感じる。

あたしが死んで100年後の音楽はどうなっているんだろう。
ま、そんなこと考えても仕方がないから、うだうだ言わずに、辛うじてできることを続ける努力をしないとなあ……。

2. 音名をドレミで言わせる「固定ド」があたりまえになっている

これはもっと問題が深刻だと思う。
音名」、つまり音の高さを示すときはABC……を使うのが普通で、ドレミ……は長音階(メジャースケール)・短音階(マイナースケール)という代表的な「音階」の中でのルート(基音)からの位置を示すものだ。
CメジャーならC・D・Eがド・レ・ミだが、DメジャーならD・E・F#がド・レ・ミだ。
こんな風に↓
Kevon Carter When Your Vocal Coach Is Also A Worshipleader

私はずっとこれがあたりまえだと思っていたし、疑問を抱いたこともなかった。
ところが、世の中にはこれを「ゲロ吐くくらい気持ちが悪い」という音大生やらプロミュージシャンがいっぱいいることを知って、驚いてしまった。「ドがいっぱいあるなんて気が狂う」というのだ。

じゃあ、Cの音を常に「ド」と歌うのか?
『チューリップ』のドレミ ドレミ ソミレドレミレ……というメロディを、Dメジャーのときは レミファ# レミファ# ラファ#ミレミファ#ミ…… と歌えと言われたら、私は発狂してしまう。
『チューリップ』はどんなキー(調)で歌おうが、メロディはドレミ ドレミ ソミレドレミレ……である。
つまり、ドレミ……は音の高さを表すものではなく、メロディを表すものだ。
簡易的に、一つの音を特定するときだけ、例えばDをレと言うのはまだいいのだが、メロディになったら、それはダメでしょ。

こんなあたりまえのことが、なぜか日本の音楽教育の中では知らないうちにどんどん破壊されているような気がする。

鈴木メソードと移動ド教育

……と、こうした嘆きや驚きは、もうずっと抱え込んできたことなのだが、ふと、自分の移動ド相対音感の元になったのではないかと思われる鈴木メソードは今どうなっているのだろうと気になった。

ググってみると、YouTubeに鈴木メソードの教則本第1巻の模範演奏動画があった。
ざっと視聴して驚いた。60年以上前に私がやらされたときとほとんど変わっていないようなのだ。

『きらきら星』から始まって、『ちょうちょ』『こぎつね』『むすんでひらいて』……と続き、『かすみかくもか』『ロングロングアゴー』、『メヌエット』がいくつが続いて最後は『ガボット』。
ちなみに、私はたしか4歳の終わりくらいに福島市内の鈴木メソードの教室に通い始め、小学校に上がる前、この『ガボット』をやり始めたところで、母親が再婚するのを機に東京に引っ越すことになり、教室をやめたので、通っていたのは2年に満たなかった。

で、この第1巻の収録曲がどのキーなのか調べてみた。

意外なことに、Cの曲がまったくない。最初の8曲はすべてAメジャー(イ長調)。楽譜では#が3個つく。つまり、ピアノのような鍵盤楽器では、黒鍵が3つ入る。だから、ピアノの教則本がAメジャーの曲から始まるということはまずありえない。
なぜAメジャーの曲から? と考えたら、ヴァイオリンの調弦に理由があると気がついた。
ヴァイオリンの開放弦は1弦側から、E・A・D・G だ。つまり、2弦(細いほうから2番目の弦)を押さえずにそのまま弾くとAの音が出る。それでAを「ド」にするイ長調から始めているのだろう。
2弦の開放弦から1全音分の間隔をあけて指で弦を押さえるとB、さらに全音上がC#、さらに半音上がDで、そこで1弦の開放弦を弾くとEで、Aメジャーのドレミファソになる。
で、しばらくはA(イ長調の「ド」)より下の音は出てこないメロディの曲が続く。つまり2弦と1弦しか使わない。
ということは、スケールの基本(ド=この場合はAの音)が最低音なので、ドレミファ……のメジャースケール感を身体に染みこませるにも都合がいい。

9曲目で初めてDメジャー(ニ長調)の曲が出てくる。Dは3弦の開放弦の音だから、それまでと同様に考えればよい。
「これまでは3弦(の解放)をドにしてきましたけど、今日は2弦(の解放)をドにして演奏してみましょう。じゃあ、まずは2弦でドレミファを弾いてみて……」などと教えられる。
つまり、ヴァイオリンという楽器の特性に合わせて、開放弦の音で始まるメジャースケールの曲をならべていたわけだ。

いきなりヴァイオリンでいいのか?

なるほどよく考えられているな、と思う。
で、この教え方であれば「固定ド」などありえない。普通に移動ドの音感が身につく。

しかし……
そもそもヴァイオリンという楽器は演奏が非常に難しい楽器である。鍵盤楽器のように、そこを押さえれば正確な音が出るというものではない。
最初からヴァイオリン演奏のスペシャリストを育成するという目的ならいざ知らず、幼児に「最初の楽器」としてヴァイオリンをやらせるというのは酷ではないか。
ましてや今は、数千円も出せば立派なデジタル鍵盤楽器が買える。幼児の手の大きさ(指の長さ)に合わせた小さなサイズのものもある。音量を絞れば夜間に弾いても騒音問題も起きない。
どう考えても、幼児音楽教育に使う楽器としてヴァイオリンは無理がある。鍵盤楽器でいいではないか。

そこで、自分が今まで取り組んできた音楽についての理解や、軟弱な楽しみ方を伝える講座みたいなものをYouTubeでやってみようか、という思いは、以前から持っていた。
「あなたの音感は何型か?」は、その最初の行動だった。

今見たら、UPしたのは2016年3月。32万8000回以上の視聴が記録されている。

その次にUPした「固定ド絶対音感と移動ド相対音感(続・あなたの音感は何型か)」は、1年後の2017年2月にUPしたが、もうすぐ130万回視聴に達しようとしている。

力を入れて作曲・録音して仕上げたオリジナル楽曲動画の再生数が2桁止まりであるタヌパックチャンネルの中では飛び抜けた数字の視聴数なのだ。
で、さらに驚いたのは、ついているコメントの9割以上はいわゆる「絶対音感」を持っていると自認する人たちからの反論や「気持ちが悪い」といったネガティブなものだったことだ。
「育ちの悪い音感のやつがくだらないことを言っている」といった感じのものばかり。
世の中に、これだけ多くの「アンチ移動ド」人間がいることに改めて驚いた。
しかもその多くは若い人たちのようだ。

日本は貧しい国になってしまったので、音楽教育を受けられるのはある程度経済的に余裕のある家庭の子供たちだろう。その子たちは、我々の世代のような移動ド教育は受けず、最初から固定ド固定音感を叩き込まれたのだろうか。

その子たちが親になって、子供が生まれて……と引き継がれていくとなると、日本人の音感が移動ド相対音感型になるのは、この先何百年かはないだろう。どこかで音楽教育業界?の大転換がない限りは。

そう考えると、自分にとっていいメロディとか素晴らしい音楽といったものに共感する人の数は、減っていく一方だということも確定している。
音楽を追求する一生を過ごそうと決めたのは12歳くらいだっただろうか。それから50年以上、ずっと音楽と格闘してきたつもりだし、自分なりに納得できる作品も生み出してきたつもりだったけれど、結局は自分しか楽しませることのないものだった……という孤独の中で死ぬのか~。

音楽教育は難しい

毎日気力が持てず、ストレスが溜まっている。
体力の低下、記憶力の低下だけなら「歳だから仕方ない」と諦めた上で、年寄りのペースで物事を進めればいいのだが、いいメロディが浮かんでこないのが辛い。
若いときはバカもいっぱいやって他人を傷つけたりもしたけれど、何かの拍子でいいメロディが書けた。その瞬発力というか、閃きみたいなものが今は全然出てこない。
もう、自分は創作活動を諦めて、別のことに心の拠り所を置いたほうがいいのか?

……そんなことをウダウダ考えているうちに、自分の持っている音感を形成した要因としての鈴木メソードのことを思い出したのだった。

ここで少し気を抜く、というか、ゆるく構えて、たむじょーがやっているYouTuberみたいなことをやってみたらどうだろう、と考えた。
実はずっと前から考えてはいたのだが、そんなことをして逃げてないで、ちゃんと曲を書けよ、と自分に言いきかせていた。まぁ、面倒くさいし、どうせ誰も見るわけないし、見られたとしても、また反論や罵詈雑言が書き込まれるのがオチだろう。そういう人たちは、今の自分の音感や音楽キャリアを身につけるのに大変な苦労をしてきたわけで、それと少しでも矛盾したことを言っている人間を見ると自分の人生を否定されたような気になって攻撃してくる。まあ、仕方がない。
私はそこで論争するつもりなどさらさらないわけだし、そんなことのためにエネルギーを使い、ストレスをさらに溜めてもバカみたいだ、と思ってやらずにいた。
でもまあ、余命も長くないし、ウダウダ言って動かなければ、ますます指も動かなくなり、声も出なくなるだけだから、ラジオ体操を毎日するみたいな気持ちでやってみようかな……と、自分にむち打ってみた。




↑2回目までなんとかやってみた。
難しいね。
YouTuberと呼ばれる人たちは、みんなすごいエネルギーで取り組んでいるんだなと、改めて感心してしまう。
カメラの設置とか、AFにしておくとちょいちょいフォーカスが狂うとか、鍵盤を真上から映すにはどうすればいいかとか、音が割れてしまったとか、老醜が……とか、内容以外のことでもすごく面倒。
もちろん、内容に関しても、ダラダラと話しているけれど、ああすればよかった、こうすればもっと伝わるかな、とか、いっぱい後悔が出る。

……と、ここまで書いてなんとなく思い出した。
数年前、同じことをこの日記に書いていたような気がする。
でも、そのときは結局、「タヌパック音楽教室」はやらなかった。だから、日記も消してしまったような……あ~、脳がどんどん劣化していて、夢と現実の区別が曖昧になっている。
やれやれ。
(追記)
3回目。


           


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