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のぼみ~日記 2026

2026/02/16

越後にあった「奉安殿」?の謎


あるかたから「新潟の南魚沼市の天満宮ってまだ地上に存在するのかってこととその場所を知りたい」というメールをいただいた。
2002年8月8日の日記とAICに連載していたデジタルストレス王のコラムに登場する「奉安殿」について調べていて行き着いたという。

AICのコラムのほうにはこう書いている。
先日訪れた、新潟県南魚沼郡大和町にある天満宮でも、不思議なものを見た。田圃の中にある小さな神社だが、社殿の中に、なぜかリンカーンの写真が飾られているのだ。(takuki.comの日記参照)
天満宮といえば菅原道真だが、なぜにリンカーン?
狛犬仲間のひとりは、その神社は、実は終戦まで学校にあった「奉安殿」が転用されたもので、奉還すべきご真影を秘匿していたのをアメリカ軍に見咎められて「リンカーン」に差し替えたのではないか。あるいは、奉安殿であった痕跡を残すために、意図的に異国の偉人の「写真」を掲げたのではないか、などという推理を披露してくれた。
恥ずかしながら、僕は奉安殿というものを知らなかったので、ひょんなことからまたひとつ勉強することになった。

私自身はそんなことを書いたことも、そんな場所に行ったこともまったく記憶から消えていた。
この「狛犬仲間の一人」が誰だったのかも記憶にない(申し訳ない)。山田敏春さんか阿由葉郁夫さん、あるいはliondogさんあたりかしら。

ちなみに奉安殿とは、
戦前の日本において、天皇皇后(明治天皇と昭憲皇太后、大正天皇と貞明皇后、昭和天皇と香淳皇后)の写真(御真影)と教育勅語を納めていた建物(Wikiより)
である。

2002年8月の写真を掘り起こしてみたら、確かに「天満宮」という社額(らしきもの──もしかして奉安殿であることを隠すためのダミー?)のある小さな建物の中に、なぜかリンカーン大統領の写真が飾られている。

↑↓これが問題の写真

それにしても、四半世紀近く前のWEB日記やコラムのことを、ここまでしっかり読んでいる人がいることに驚いた。
しかもこのかた、奉安殿だけでなく、この「大和町(現・南魚沼市)の天満宮」がどこかを突きとめるために、周辺の神社をしらみつぶしにチェックしていた。
前後の写真に別の神社やラーメン喜八が写っているので、家があった田麦山小高(中越地震で廃村)から六日町に抜ける山道の脇あたりだと思うのだが、多分、今はもうないだろうな。

元画像のExifに撮影日時が記されているので、時系列で写真を並べてみればおおよその場所が分かるかな、と思って、検証してみた。
以下すべて2002年8月8日の写真。数字はExifに記されたタイムスタンプ↓

17.03 神社の境内だと思う



17.04 ↑↓1分しか違わないので同じ神社。



17.06 この鳥居の形と後ろに写っている建物を頼りにGoogleマップで神社の写真を探していくと……



Googleマップにあった後山神社の写真
これで17.06の車が写っている写真が後山神社であることは確定



↑↓Googleマップにあった後山神社の狛犬。17.04の狛犬と同じ。やはりここは後山神社




17.16 これが問題の奉安殿だったかもしれない建物。タイムスタンプが10分しか違わないので、後山神社のそばか、後山神社の敷地内にあるか、どちらかだろう



上の17.16 の写真の一部を拡大して明るくしてみた



建物に着いている額の文字は、拡大しても不鮮明で読めない。崩した書体のようだが……



17.17.27 建屋の内部を撮った瞬間が17時17分27秒

17.18.19 52秒しか違わないので、問題の建物がこんな感じの場所にあることが分かる。おそらく車を停めたのが田んぼの中の道で、そこから歩いて問題の建屋に行き写真を撮り、その場所から車を停めた場所に向かって撮ったのがこの写真だろう。
後山神社の社殿前にある狛犬を撮ったときは鳥居の横に駐車しているので、明らかに後山神社からは車で移動している。つまり、後山神社の境内ではなく、そこから数分移動した場所に単独で建っていたと思われる。



17.32 さらに14分後の写真。後山神社の狛犬とは違うので、別の神社のようだ。これがどこの神社かは確認できなかった。



17.45 ラーメン喜八に到着。後山神社からはおよそ30分。その次の狛犬が写っている神社からは10分くらいか。

18.06 喜八のラーメン。この日の遠征はここで終わりにして家に戻ったのだろう。



家から後山神社まではおそらくこのルートをたどったのではないだろうか



後山神社からラーメン喜八まではこうたどったと思うので、問題の「奉安殿」があった場所は、後山神社のすぐそば。道路からちょっと離れた畦道の先にあって、道路は丘と丘の間を通っているような場所だろう↓




↑このへんのどこかだと思う

タヌパック越後の跡地


ついでに中越地震で完全崩壊してしまったタヌパック越後の跡地がGoogleストリートビューで見られないかとチェックしてみた。
何年か前に見てみたときは分からなかったのだが、今回は新しくなっていて、はっきりと分かった。「撮影日2025年8月」とある。半年前だ。誰も住んでいない廃村の、しかもこの先道がないところまでストリートビューの車は入っていくんだなあ。すごいね。

これが中越地震の前に建てたかまぼこ形車庫。100万円近くした。母屋はこの後方にあった。建ててすぐに地震が来て、母屋は全壊。皮肉なことに、この車庫はビクともしなかった。

この赤い□のところにタヌパック越後があった



2002年11月13日 このときはまだかまぼこ形車庫はなかった



2003年12月29日 念願の車庫を新築した



車庫にX90を入れたところ。母屋は雪がこい済み



車庫越しに母屋の二階の窓を見ると、ゴロがいる



そんなわけで、1通のメールから、越後時代を思い出すことになった。
越後時代は2004年10月23日の中越地震で終わるわけだけれど、それまでの日々というのはまだ40代から50代だったんだな。
あの頃の自分は今の自分とは別人だったように感じる。

その後、2005年から2011年までの阿武隈時代があって、2011年11月11日に日光に引っ越してきて、今に至るわけか……。
我が人生はここ日光の地で終了するだろうけれど、あとどれくらい平穏な生活が送れるだろうか。

さてと、数日前から始めていた『Engagé』のEWIバージョンの制作に戻ろう。すっかり作業が中断してしまったよ。
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