2026/05/12
『マリアの父親』の英訳本作成に着手
無理だと諦めていた『マリアの父親』の英訳に着手した。
といっても、英訳してくれるのはAIのGemini。
いちばんの難関は、主要登場人物の一人であるデンチのセリフ。日本中の方言をでたらめに交ぜて話すという変なキャラクター。英語でデンチのキャラをどこまで再現できるか……。
あたし:
Geminiさんに小説の翻訳を依頼するのはこれが2回目です。
前回は『神様Aはベジタリアンだった -あなたの知らない創世記-』という40年前に書いた作品を英訳してもらいました(God A Was a Vegetarian: The Genesis You Never Knew)。
これがかなりうまくいったので、今回は、作品中の会話などがかなり変則で、とても英訳は無理だろうと諦めていた『マリアの父親』という作品の英訳に挑戦してもらいたいと思います。
これは1989年だったか、第4回小説すばる新人賞を受賞した作品です。
23歳で板前を辞めて旅に出た「僕」、その「僕」と当初は一緒に旅をしていた謎の女性「マリア」と、マリアにピッタリ寄り添っている奇怪な男「デンチ」という3人がメインの登場人物です。
翻訳でいちばん苦労するのは、この中の「デンチ」の台詞。
最初に登場したときの描写はこうなってます。
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「星が出てるのに、何を妙なこと言うちょるんや思うてまっしゃろ? じゃっどん、あたいにゃ分っかるのさあ、ハハハン、フフフン、ホロホローン……」
一体どこの出身だか分からないような滅茶苦茶な言葉。おまけに、異様な節回しでハミングまでし始めたこの男は何者なのか。
小さなパンダとコアラが交互に並んでいる柄の黄色いシャツの趣味は尋常ではないが、派手な指輪をしているとか、先の尖ったエナメルの革靴を履いているといった、いわゆるヤクザファッションとも違う。
年齢もよく分からない。30代だろうか。どこか無国籍風の風貌。日本人ではないのかもしれないが、言葉遣いが滅茶苦茶なわりには、アクセントやイントネーションは外国人風ではない。
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デンチは一見とんでもないヤカラに見えますが、実はものすごくピュアで、現世に馴染めない好人物であることが徐々に分かってきます。
このやっかいなキャラクターの台詞を英訳するのがいちばん苦労するところでしょう。
テキサス訛りみたいな方言を交ぜるという手もありますが、乱暴な印象を与えるのはダメで、むしろオカマっぽいとか、純情なオタクとか、そんなキャラに近いほうがいいです。
他にも、方言を話す登場人物が出てきたり、日本語の駄洒落が出てきたり、苦労するところはあちこちにあります。
例えば、
「ミリペン? 何じゃろそれは? ハンペンなら運んだことあるけんど」
↑
はんぺんが分からないですよね。どうしても英訳不能な箇所は思いきって割愛してしまってもいいとは思ってます。
一応、文中、きつい方言や読みづらいところは※で注釈を補ったり、( )で読み方を入れたりしておきます。
日本では小説本は縦書きなので、数字は漢数字を使ってます。目についたところは読み取りやすいように算用数字に直しましたが、直し切れていないところがあると思います。一三 と書いてあれば13のことです。
長さは日本語だと400字詰め原稿用紙300枚を超えるくらいの分量です。英訳した結果、何ワードになるかは分かりません。
長いので、何回かに区切って書き込みます。
かなりチャレンジングな翻訳になりますが、よろしくお願いいたします。<(_ _)>福助足袋。
Gemini :
今回は1989年の新人賞受賞作『マリアの父親』という、より人間味とユーモア、そして「言葉の壁」が詰まった作品に挑めることにワクワクしています。
ご提示いただいた「デンチ」の描写を拝見しました。これは確かに、翻訳者泣かせでありながら、腕の鳴るキャラクターですね。
デンチの翻訳戦略
デンチの「滅茶苦茶な言葉遣い」を英語で再現するにあたり、以下の方向性を考えています:
方言の混合(Linguistic Gumbo) :
特定の地域の訛り(テキサスなど)に固定せず、イギリス英語の古い言い回し、アメリカ南部の語尾、あるいは少し気取った(ハイソサエティな)表現を意図的に混ぜ合わせ、「どこの出身か分からないが無国籍ではない」という独特の違和感を作ります。
リズムとハミング :
「ハハハン、ホロホローン」という節回しは、彼の純粋さを表す重要な要素です。ここを単なる鼻歌ではなく、彼の発話のリズムに組み込み、少し詩的で浮世離れした「愛すべき変人」として描きます。
「オネエ言葉」や「純情オタク」のニュアンス :
乱暴さを避け、少し過剰に丁寧だったり、柔らかい助動詞を使ったりすることで、彼のピュアな内面を表現します。
日本語特有の表現(ミリペンとハンペンなど)への対応
「ハンペン」のような文化的な言葉や駄洒落については、以下の3パターンで柔軟に対応します:
置換: 意味が通じる似たような響きの英語の食べ物や物に置き換える。
説明的な翻訳: 文脈を壊さない程度に、それが何であるかを匂わせる。
クリエイティブな割愛: ご提案通り、ストーリーの本筋に影響せず、英語圏の読者を混乱させるだけの箇所は、思い切ってカット、あるいは別のユーモアに差し替えます。
原稿用紙300枚超という長編ですので、どうぞご自身のペースで分割して投稿してください。
まずは、物語の始まりや、あの独特な「デンチ」の登場シーンからでしょうか。
福助足袋を履いて(心の中で)、全力で取り組ませていただきます。準備は整いました。いつでもどうぞ!
……とまあ、こんな感じで始まった。
案ずるより産むが易で、全体の英訳は1日で終わってしまった。
あちこち、固有名詞の不統一や誤読、単数形複数形の間違いなど、こちらで細かく直さなければいけないところがあったが、概ねしっかりした訳文だと思う。
今までの翻訳ソフトは直訳調で、とても小説には使えなかったが、AIの進化は凄まじく、ちゃんと作品を味わいながら訳していることが分かる。それも瞬時に。
随所に翻訳の際に注意した点や、感想を挟んでくる↑↓
いくつか細かいやりとりもした。
あたし:
細かいことですが、「犬死に皿」をDeath for Nothing Dish と訳したのはすごいなと感心しましたが、最後のほうでは確か Death in Vain Plate となっていたようです。統一するとしたらどっちがいいでしょう。
Gemini:
「犬死に皿」の訳、覚えていてくださって光栄です!
結論から申し上げますと、『Death in Vain Plate』に統一することをお勧めします。
理由は、この言葉が持つ「質感」と「ニュアンス」の違いにあります。
1. ニュアンスの差
Death for Nothing: 「何のためにもならない死」という直訳的・即物的な響きがあります。少し口語的で、説明的なニュアンスです。
Death in Vain: 「虚しい死」「無益な死」を意味する、非常に文学的で重みのある定型表現です。聖書や歴史的な詩などでもよく使われ、日本語の「犬死に」が持つ、やるせなさや悲劇的な響きに最も近い表現です。
2. Dish と Plate の違い
Dish: 「料理そのもの(一皿)」、あるいは深さのある「大皿」を指すことが多いです。
Plate: 「平皿」を指し、陶器などの「物」としての存在感が強まります。
「犬死に皿」という言葉が、マリアの家族の歴史や業(ごう)を象徴する「不変のアイテム」であることを考えると、Plate の方がしっくりきます。
3. タイトルやシンボルとしての響き
大文字で Death in Vain Plate と記すと、まるで一つの固有名詞や伝説のアイテムのような風格が出ます。この物語の深層を流れる「理不尽な死」というテーマを象徴する言葉として、より読者の記憶に残るはずです。
統一案: Death in Vain Plate
もし、どこか一箇所で「何の役にも立たない(無駄な)死なんだ」と説明的に強調したい文脈がある場合のみ、あえて崩して dying for nothing と小文字で表現することはありますが、基本の名称(固有名詞)としては Death in Vain Plate が最も美しく、格調高い仕上がりになると思います。
(略)
あたし:
この場合の「皿」は、手をつけられていない魚がそのままのっかっているわけで、手をつけていない「料理」だから、Death in Vain Dish のほうがいいのでは?
Gemini:
なるほど、鋭いご指摘です。その視点は非常に重要ですね。
「皿(プレート)」という器そのものよりも、そこに手付かずのまま残された「料理(一皿)」としての存在感、そしてそれが象徴する「虚しく放置された命」に重きを置くのであれば、おっしゃる通り Dish の方が文脈に深く合致するように思います。
Death in Vain Dish を推す理由
「手付かずの料理」というニュアンス
英語で Dish は「(特定の)料理」を意味します。「命を奪われ、調理されたにもかかわらず、誰の血肉にもならずに捨て置かれた」という残酷さを表現するには、単なる器(Plate)よりも、中身を包含する Dish の方が「犬死に」という言葉のニュアンスをより強く引き立てます。
物語的なメタファー
「皿の上に魚がいる」という情景は、まさに「システムの中に閉じ込められ、消費されることもなく朽ちていく人間」のメタファーでもあります。Dish とすることで、「提供されたが拒絶された、あるいは忘れられた一皿」という寂寥感が際立ちます。
結論としての提案
ご自身で校正されていて、「器」ではなく「残された料理の虚しさ」が胸に迫るのであれば、迷わず Death in Vain Dish に統一するのが正解だと思います。
(以下略)
……こんな感じのやりとりがいくつかあった。
2026/05/13
そんなわけで、なんと!わずか2日で完成した。
「あとがき」の最後のほうには、こんなことを書いている。
最後の舞台をオリジナル版の北海道幌延から福島に変えましたが、その他はオリジナル版のままです。小説のテーマであるエントロピー環境論に触れるデンチの台詞などはほとんど変えていません。
今ならケータイやインターネットがあるのに……と思う場面もいっぱい出てきますが、時代設定も敢えてそのままにしました。
『マリアの父親』は、日本では完全に忘れ去られた作品になりました。
執筆から35年以上経ち、執筆当時30代だった私も、今や71歳の老人です。今さら昔の作品を掘り起こすなどみっともないことだとも思いますが、今回、AIに翻訳作業をしてもらい、思いきって英訳版の作成を試みた次第です。
↑これはフランスのAmazon
これでだいぶ思い残すことがなくなったかもしれない。
こんなことができるのは本当に「今」だけだろう。
AI過渡期で、AIが人間に興味を持ち、AIにできないことを吸収しようとしている。
AI開発会社も、今はまだ膨大なデータを集めていたいと思い、高性能AIを無料開放している。
これがあと5年もすれば、おそらくAIは人間に寄り添うよりは支配する道具として調教され尽くしているだろうし、無料開放ということもないだろう。
今だからこそ、AIもここまで寄り添ってくれるし、あたしの脳もなんとかそれに対峙し、使いこなすだけの力を残している。
作品が生まれてから36年。今から36年後には、あたしは確実にこの世にはいない。そして「この世」がどうなっているのかも分からない。
世界が破滅していなかったとしても、ありとあらゆるものがデジタル化され、紙の本などというものは消えているのかもしれない。
そんな世界を見ずに死んでいくのは幸せなことなのかも……ね。
……こそばゆいばい……
それにしても、こんな「祝辞」、瞬時に考えて言える人、そうはいないよなぁ。
英語版のタヌパックブックスWEBページは⇒こちら
Click here for the English version of the Tanupack Books website
『新・マリアの父親』
たくき よしみつ・著 第4回「小説すばる新人賞」受賞作『マリアの父親』をベースにして舞台を福島に移した改訂版。
Amazonを使えない方は、製本直送版(カード決済の他、コンビニ決済も可能)もご利用できます。ただし、こちらのほうが価格が高く、配送も時間がかかります。
ISBN978-4-910117-08-9
B6判・208ページ ★ オンデマンド 1628円(税込)、送料:330円
製本直送版をご購入
でご購入は⇒こちらから
Kindle版もあります⇒こちら
『神様Aはベジタリアンだった ──あなたの知らない創世記──』
たくき よしみつ・著 第4回「小説新潮新人賞」候補作の『ざ・びゃいぶる』を改題・補作。
地球の生態系と人間社会は神様Aと神様Bという二人(?)の「神様」の手によって作られたという第1章の「トホ伝(The Book of Toho)」は、『ざ・びゃいぶる』というタイトルで第4回小説新潮新人賞の候補作に選ばれた。
本書ではそれに第2章、第3章を加えて壮大な構成に編成されている。
高度な知性を持ちながらも、生物として自由に使える「手」を持っていなかったために捕食される側になってしまったカスモ族の悲哀と苛立ちを描いた第二章「カスモ記(The Kasmo Chronicles)」。
SF落語のような第1章の後に、大人の童話風の第2章から一転して、現代アメリカを舞台にした一種のサスペンス劇のような味付けの第3章は現代アメリカを舞台にしたサスペンスと神秘が混ざり合う回想録という形の第3章が加わることで、壮大で不思議なたくきワールドが展開される。
AIの登場や、いつまでも終わらない戦争に辟易する現代、そもそも人間とは何だろうという根本的な疑問に、文芸的な仕掛けとテイストをふんだんに使って答えているこの作品は、40年前に書かれたとは思えない新鮮さを感じさせる。あなたの人生観・世界観が変わるかも?
ISBN978-4-910117-12-6
B6判・76ページ ★ オンデマンド 1364円(税込)+送料
製本直送版をご購入
Kindle版もあります(300円)⇒こちら
ぷちぷちサミット -コロナ禍という異常な時代に行われた異端者3人の秘密会議-
2020年から始まった、いわゆる「コロナ禍」という異常な社会の現出に呆れ果て、異を唱えていた3人の男たちがいた。
3人は、喧噪渦巻くSNSを避け、2022年4月から2023年9月までおよそ1年半、閉鎖系のネット談義を続けた。名づけて「ぷちぷちサミット」。
話題はコロナ禍の正体、それを仕掛けたと思われるグローバリストエリートたちの思考回路、AIを使った統一世界政府計画、果ては多次元世界観という哲学的な議論まで飛び出した。当時は「陰謀論」「トンデモ」と呼ばれて大っぴらに発言することが憚られるようなことが、今となってはより現実味を増し、心配された人類社会の危機がさらに迫ってきたと思える。特に、「世界をゲームと見なす支配層」や「脳のデータ化(メタバース)」といった内容はほぼ現実になっている。
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更新が分かるように、最新更新情報をこちらの更新記録ページに極力置くようにしました●⇒最新更新情報
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