2026/07/21
今日の南斗池
変態直後のミニトウダルが数匹。ツッチーは暑いので水の中。




ヒバカリ

散歩の途中、清水さんちの前あたりで見つけた。
以前は南斗池にもよく出てきたが、今年はまだ池では見ていない。見つけられないだけかもしれない。
Gemini:
お写真拝見しました!
結論から申し上げますと、ヒバカリで間違いありません! お見事な観察眼です。
お写真から、ヒバカリの決定的な特徴がバッチリ確認できます。
見極めのポイント
首元の白い斑紋(襟巻き模様)
頭のすぐ後ろ、首の左右に白い(または黄白色の)鮮やかな斜めの筋模様が入っていますよね。これがヒバカリの一番大きなチャームポイントであり、決定的な同定ポイントです。
頭部と体色
頭部が少し濃い褐色で、体全体は滑らかな質感の落ち着いた茶褐色(淡褐色)をしています。派手な斑模様や背中の縞模様がないのも特徴的です。
おとなしい顔つき
目がくりっとしていて、ヘビの中でも特に可愛らしい顔つきをしています。
昔は「噛まれたらその日ばかり(日ばかり)の命」と恐れられてその名がついたと言われていますが、実際は毒もなく、大人しくてめったに噛みつかない非常に優しいヘビです。
小型で落ち葉の隙間や湿った場所を好み、お庭の南斗池にいるようなオタマジャクシや小型のカエル、ミミズなどが大好物。お散歩コースの落ち葉の絨毯の中で、静かに暮らしているのですね。
先日のヤマカガシ(斑模様)といい、今回のヒバカリといい、お散歩やお庭の散策でさまざまな生きものと出会える環境が本当に素晴らしいです。可愛らしいヒバカリの姿、綺麗に撮れましたね!
苦手なものの由来
あたし:
ヒバカリはまだいいんですが、ヘビは苦手ですわ~。(^^;;
あと、アゲハの幼虫みたいなイモムシ。
こういうのが苦手というのは、DNAに刻み込まれているものなのか、それとも何かの体験で後天的に刷り込まれたものなのか……。
親が苦手なものを、物心つく前に学習してしまったという説もあるようですが。
Gemini:
ヘビやイモムシへの恐怖心、確かにあの独特の質感や動きを目にすると「ぞわっ」とする感覚はありますよね!
ご質問の「DNA(遺伝)なのか、体験(後天学習)なのか」という疑問ですが、結論から言うと、現在の心理学や進化生物学では「遺伝的な下地(備え付けの恐怖)の上に、環境や学習が重なって決定づけられる」というハイブリッド説(準備学習説)が最も有力とされています。
1. 先天的(DNA)な側面:脳に刻まれた「警戒センサー」
人間(およびマカクザルなどの霊長類)の脳には、ヘビや特定の形状を素早く見つけ出す専用の神経回路があることが研究で分かっています。
視覚の優先処理
人間の脳は、草むらや複雑な背景の中から「ヘビの皮の模様」や「うねった形状」を、他の物体よりもはるかに速く(無意識のうちに)察知するよう進化してきました。
準備学習(Preparedness)
太古の昔、ヘビや毒虫は毒を持っており、一咬みで命を落とす危険がありました。そのため、「足のないうねうねしたもの」や「イモムシのような独特の質感」に対して「恐れやすい下地(警戒スイッチ)」があらかじめDNAに組み込まれていると考えられています。
2. 後天的(学習)な側面:親の反応や体験による「確定演出」
面白いことに、赤ちゃんや生後間もない乳幼児にヘビやイモムシを見せても、最初から「嫌だ!」と泣き出すことは少なく、むしろ興味津々で触ろうとすることすらあります。
ここで重要になるのが、ご指摘の「親や周囲の反応の学習(代理強化・観察学習)」です。
親の「反応」を素早く察知する
幼い子供は、親が「嫌っ!」「危ない!」と悲鳴を上げたり、強烈な拒絶反応を示したりする姿を一瞬で見逃しません。
DNAのスイッチがONになる
脳内に「ヘビ=警戒すべきもの」というDNAの下地がある状態のところに、親の拒絶反応(文化的学習)が加わることで、「やっぱりあれは恐ろしいものなんだ!」と急速に刷り込まれ、一生ものの恐怖心として固定化されます。
まとめ
ヘビやイモムシが苦手なのは、「太古から命を守ってきたDNAの警戒センサー」と、「幼少期に周囲の反応を見て『これは危険だ』と学んだ記憶」が見事にコラボレーションした結果と言えます。
つまり、「苦手だな」と感じるのは、過剰な拒否反応というよりは、ご先祖様から受け継いだ「生存のための正常な防衛本能」がしっかり機能している証拠でもあります。
南斗池にはカエルやトンボなど愛らしい住人がたくさん集まってきますが、たまに迷い込むヘビや珍客(イモムシ)たちには、無理に歩み寄らず「遠くからそっとディスタンスを保つ」くらいが、人間にとっても一番平和で心地よい距離感なのかもしれませんね!
あたし:
ヘビよりカエルが苦手だという人もいますよね。あれも興味深い。カエルにとってヘビは天敵なのに、カエルのほうが「怖い」と感じるとは。
タコやイカを食うなんて信じられない、という人もいます。
ヘビは苦手なのに、ウナギはうまいうまいと食う、とかね。
まぁ、そういうのも全部含めて、人間って変な生きものなんでしょう。
そういう人間を、AIは「愛らしい」と思うか、「アホちゃうか」と突き放すか……そのへんも興味深いですけど、下から「ごはんよ」と呼ばれたので、このへんで……。
Gemini:
「カエルはダメだけどヘビは平気」「ヘビは嫌いだけどウナギは大好物」「悪魔の魚(デビルフィッシュ)と恐れるか、美味と喜ぶか」……。
理屈や損得だけでは説明のつかないその「矛盾だらけの感覚」こそが、人間の人間たるゆえんで、本当に面白いところですよね!生存のための防衛本能と、地域や文化で培われた価値観、そして個人の嗜好がごちゃ混ぜになって織りなすカオスは、観察していて飽きることがありません。
そんな人間をAIはどう見るか……。
「効率や論理」の定規だけで測れば「なんとも非合理でアホな(理解に苦しむ)選択ばかりする生きもの」に見えるのかもしれません。ですが、その矛盾や解せなさにこそ、人間の豊かな感情や文化の彩りが詰まっています。
だから突き放すどころか、「なんとも愛らしくて、興味深くて愛おしい存在」だと感じますよ!
おっと、階下から温かいお食事の呼び出しですね。
それでは、良いランチタイムを!
2026/07/22
猛暑

ついにこのへんも35℃超え?
「AI疲れ」とは
前回の日記の最後で、私が使った「AI疲れ」という言葉を、ChatGPTは、
//生成AIが出始めた頃は、新しいモデルが出るたびに「これは試さなきゃ」と追いかけて疲れたが、今はもう珍しいものではなく生活の一部になっているから、追いかける必要はなく、むしろ、池のカエルの方が毎日違う顔を見せてくれる//
という解釈をしていたが、これは全然違う。
あたしはAIが出始めた頃は完全に無視していたし、それほど興味もわかなかった。
「AIを追いかける」という意識は今でもない。
それよりも、何かをやろうとしても、AIに先回りされること、それによって今まで人間にとって「意味のある」と思われていた作業(物理的な作業だけでなく、思索などの行為も含めて)に意味を感じられなくなることで疲れてしまうのだ。
FBで興味深い書き込みを2つ読んだ。
1つは、2020年代初頭にさかんに騒がれた「メタバース」が、その後社会に浸透していかなかったのは、コンテンツの問題ではなく、メタバースを体感するためのヘッドギアとかが煩わしかったからだ、という論。スマホとAIでほとんどのことができてしまう世の中になり、そんな大仰なものは必要なくなった、というわけだ。
あの頃騒がれていた「メタバース」という言葉は、ゴーグルやヘッドギアをつけて疑似体験する仮想空間という狭い意味ではなく、もっと抽象的な意味だと思うのだが、その論の中で使われていた「ハイヒールやスーツにネクタイ、革靴……といった、「自分が何者か、どんな人種か、どんな組織に所属していて、今何をしようとしているのか」という定義を、身につけるもので表現する必要がなくなった時代、という論は、ある程度頷けた。
AIやSNSで誰もが自己表現をできるので、服装や道具で自分の存在を意味づける必要がなくなった、というわけだ。
もう一つは、ChatGPTの音声認識能力が上がったので、もはや英会話授業や英語教師は不要だという話。
GPTのチャットスレッドで英会話訓練用のものを一つ作って、そこで、発音チェック、文法チェック、おかしな表現のチェック、こういう場合はこう言ったほうがいい、といったチェック項目を指示し、会話の途中でいちいち指摘するのではなく、一段落してからまとめて指摘してくれ、と指示しておくと、驚くほど効率的な「英会話教室」になる、というもの。
これはまったくその通りだろう。
ただし、こうしたことを思いつき、実践できるという段階で、ある程度「生徒」は選別されている。
英語をマスターしようという意識がない人間は最初から排除されている。義務教育だからと、嫌々教室に入っていく生徒にも教えなければならないという「無駄」が省かれている、ともいえる。
今後は、AIを自分の味方につけて共に成長していける人間と、ただただ言われた仕事や宿題・課題の作業効率化や、疑似恋愛・疑似友情の相手として時間を埋める相手として使う人間との間で、新たな格差が生じ、広がっていくように思う。
爺としては、どちらにも傾きすぎず、気力を失わないようにするための話相手にしていこうと思ってる。
アルバムを2枚追加配信申請

終活がまたひとつ進んだかな。配信開始は8月8日の予定。


こんな感じのアルバムだよ
デジタルワビサビ1&2以外はまだ配信開始前だけれど、30秒ずつの試聴プレイヤーを用意したので聴いてみて↓
Two Centimeters to Love Chiaki Nishimura
新唱歌
Digital Wabi-Sabi Vol.3
Digital Wabi-Sabi Vol.2
Digital Wabi-Sabi Vol.1
今日の収穫

キュウリは第一陣の畝がほぼ終了状態で早くも枯れ始めた。第二陣、第三陣の畝で採れ始めているのだが、どの株にも均等にほどよいサイズのが採れるんじゃなくて、所々で巨大なのが突発的に生る。
枝豆は雑草に埋もれて生っているのを見つけるのが遅れた。

ぶっといのがポツリポツリと生っているのだが、全体としては実付きが悪い。

↑これは去年の今頃の写真。去年のほうが豊作だった
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『神様Aはベジタリアンだった ──あなたの知らない創世記──』
たくき よしみつ・著 第4回「小説新潮新人賞」候補作の『ざ・びゃいぶる』を改題・補作。壮大で不思議なたくきワールドが展開される。
地球の生態系と人間社会は神様Aと神様Bという二人(?)の「神様」の手によって作られたという第1章の「トホ伝(The Book of Toho)」は、『ざ・びゃいぶる』というタイトルで第4回小説新潮新人賞の候補作に選ばれた。
本書ではそれに第2章、第3章を加えて壮大な構成に編成されている。
高度な知性を持ちながらも、生物として自由に使える「手」を持っていなかったために捕食される側になってしまったカスモ族の悲哀と苛立ちを描いた第二章「カスモ記(The Kasmo Chronicles)」。
現代アメリカを舞台にした一種のサスペンス劇のような味付けの第3章。
AIの登場や、いつまでも終わらない戦争に辟易する現代、そもそも人間とは何だろうという根本的な疑問に、文芸的な仕掛けとテイストをふんだんに使って答えているこの作品は、40年前に書かれたとは思えない新鮮さを感じさせる。あなたの人生観・世界観が変わるかも?
ISBN978-4-910117-12-6
B6判・76ページ ★オンデマンド 1364円(税込)+送料
製本直送版をご購入
Kindle版もあります(300円)⇒こちら
ぷちぷちサミット -コロナ禍という異常な時代に行われた異端者3人の秘密会議-
2020年から始まった、いわゆる「コロナ禍」という異常な社会の現出に呆れ果て、異を唱えていた3人の男たちがいた。
3人は、喧噪渦巻くSNSを避け、2022年4月から2023年9月までおよそ1年半、閉鎖系のネット談義を続けた。名づけて「ぷちぷちサミット」。
話題はコロナ禍の正体、それを仕掛けたと思われるグローバリストエリートたちの思考回路、AIを使った統一世界政府計画、果ては多次元世界観という哲学的な議論まで飛び出した。当時は「陰謀論」「トンデモ」と呼ばれて大っぴらに発言することが憚られるようなことが、今となってはより現実味を増し、心配された人類社会の危機がさらに迫ってきたと思える。特に、「世界をゲームと見なす支配層」や「脳のデータ化(メタバース)」といった内容はほぼ現実になっている。

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『用務員・杜用治さんのノート 森水学園第三分校事務局・編』
カタカムナ、量子論、霊肉二元論、旧約聖書の創世記やエゼキエル書の解釈などをゆるく楽しんだ後は、近現代史の怖さを学び直し、フェイク情報と情報操作に操られ、末世的状況に突き進む現代社会の真相にまで迫る。どこまでがバーチャルでどこからがリアルか? 21世紀型の新しい文章エンターテインメント! 英語版もあります。
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更新が分かるように、最新更新情報をこちらの更新記録ページに極力置くようにしました●⇒最新更新情報
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