2026/08/17
FBの反社会ぶりはひどすぎる

未だにこういう詐欺広告を毎日表示させているFacebook。日本のFBだけなのか?
ヤマカガシ
南斗池にやってくるヤマカガシ。最初は一目見るとサッと逃げていたのに、だんだん図々しくなっている。何匹食われたんだろう。カエルは数で勝負。まあ、これが自然界。
One Note SambaとTwo Note Waltz
37歳でジャズギタリストの吉原センセに師事してギターを一から習い始めた。
練習曲として、『酒バラ』『黒いオルフェ』『Misty』などをやらされる中で、ジョビンの『One Note Samba』もやった。
Aメロがワンノートだけで、伴奏のコードがどんどん変わっていくことで曲を成立させている。サビは、ラシドレドシラソファミレドシドレミ……と、マイナースケールの音階を上り下りしているだけというとてつもない構成。
普通の曲とは逆に、コードが主役で、メロディはリズムをとっているだけ。
2000年から2011年まで、上智大学外国語学部英語学科で、かつての担任教授から頼まれて、非常勤講師の肩書きで輪講の一員として年数回の講義を受け持った。
自分の人生経験を話してほしいということだったが、1年目から吉原センセを伴い、最終日は90分丸ごと教室コンサートをやった。
そこでは、コードとメロディの関係について語る中で、One Note Samba を演奏してみせた。
↑2009年。今から17年前に上智大学の図書館ビル最上階教室でやった英語学科の講義。実際には90分まるまるKAMUNAコンサート。
講義なので、学生は単位を取るために出席する。言ってみれば、強制的にKAMUNAのコンサートに動員しているわけだ。
この輪講は10年続いた後、最初に依頼してきたかつての担任教授が辞めてしまい、別の教授の管轄に引き継がれたが、その教授も担当から離れて、若い教授(准教授だったかも……なにせ電話すらなく、FAXで依頼書を送ってきて、講義はすべて英語でやってくれ。回数は1回で、何を話すのか事前にまとめて提出しろ、などと書いてあったくらいで、顔も声も知らない)に代わったときに辞退した。
最後の年が2011年、原発爆発の直後で、この年は講義の1コマではなく、ソフィアホールを使って、3.11で実家が被災して授業料の支払いが困難になった学生たちを支援するためのチャリティコンサートという名目で行った。
それがこれ↓
2011年7月6日の上智大学コンサートで。One Note Sambaがどう凄いかを話している↑
↑実際にやったところ
皮肉なことに、この最後の「上智コンサート」は、聴衆に学生の姿はなかった。英語学科が主宰して、学内全体に告知しているにもかかわらず、聴きに来た学生はほぼゼロ。
パラパラと入った聴衆は、私が個人的にメールなどで告知したことで足を運んでくれた人たち。つまり「知り合い」がほとんどだった。
中には作曲家の樋口康雄さんや作詞家の伊藤アキラさんもいた。お二人は私にとっては恩師とも言える大御所なので嬉しかった。
でも、聴いてほしかった若い人たちはゼロ。
講義の1コマなら聴くけれど、そうでなければ無名のミュージシャンによる演奏会など興味なし。そういうことだ。
上智大学で10年続けたKAMUNAコンサートと同じようなことを、母校の聖光学院でもやりたかった。
聖光には1200人入るラ・ムネホールという講堂があり、全校舎を建て直した後にはスタインウェイのコンサートグランドも備えられている。
1969年の秋、聖光祭という文化祭の最後、この講堂で行われる閉会式の直前、2日前にヤマハのライトミュージックコンテストで準優勝した先輩(3期生)のオフコースという3人組(鈴木康博、小田和正、地主道夫)が飛び入り殴り込みのようなゲリラコンサートをやった。
閉会式前だったので、あちこちの教室でイベントをやっていた生徒たちもみんな集まっていて、ほぼ満席状態。1200人を前に、当時、東北大学と東京工業大学の学生だった3人の先輩たちは30分ほど演奏を披露した。
それを聴いて感動した私(11期生。当時中学2年)は、完全に人生を狂わされたわけだ。
あの「閉会式直前ゲリラライブ」のときに、オフコースを知っていた生徒はほとんどいなかった。
オフコースは3期生で、あの時点での高校3年生は7期生(オフコースの4年後輩)だから、何人かの在校生はオフコースの高校生時代を知っていたかもしれないが、あくまでも「在学中にそんなバンドを組んでいた先輩がいたような……」という程度の認識だったはずだし、在校時代の彼らの演奏を聴いたことがある者はほぼいなかっただろう。8年後輩の私などはもちろん知るよしもない。
つまり、あれも、文化祭閉会式という、
ほぼ必然的に全校生徒が集まっている状態でゲリラ演奏をしたことで私はオフコースを知ることになり、以後ずっと、オフコースの後を追いかけるように音楽に没頭することになった。
同じようなことを、11期生の私もKAMUNAでやりたかった。
あそこで堺さんにスタインウェイを弾いてもらい、吉原センセのギターソロをブンブン聴かせてみたかった。
それを聴いた生徒の何人かに一生残る想い出を作れたら、どれだけ幸せか。
でも、ついにお呼びがかかることはなかった。
結局、知名度や社会的成功がなければ、1200人の聴衆やスタインウェイのグランドピアノには届かないわけだ。
演奏より理論や抗論のほうが稼げる社会?
今日、気づいたのだが、上智大学ソフィアホールでのコンサートにおけるこの2つの動画、なんと、事前の解説編のほうが再生数が多い。
つまり、KAMUNAの演奏そのものよりも、私が解説しているコードとメロディの関係やOne Note Samba という曲がいかに構成されているかという解説のほうに興味を示す人が多いということだ。そんなことってあるのだろうか? どう受け取ればいいのだろう。
ちなみにYouTubeのタヌパックチャンネルで断トツに再生数が多いのは演奏動画ではなく、絶対音感と相対音感について説明している動画だ。クラシック系の音大生や譜面再生型演奏家が集まって「ふざけんな!」と食ってかかってくる。炎上商法をやっているつもりはまったくないのだが、結果的にはそうなってしまった。
解説やハウツーもののほうが受けるのかというと、必ずしもそうではなく、タヌパックチャンネルの中でもウクレレ教室や「軟弱音楽宿」というシリーズは全然ウケない。そういうのも、名のある演奏家でないと信用されないということだろうか。
まぁ、ともかく、私にとっては吉原センセからOne Note Samba を習ったおかげで、日光に引っ越してきてからも、たまにジャムセッションなどで演奏することがあった。
↑こんなのもあった。ギターソロ、相当ハチャメチャだけれど、吉原センセに教わったおかげで、日光に来てからもこんな風に楽しめていたときがあったのだな。
Two Note Waltz
終活アルバム8曲目の『Two Note Waltz』の録音完了。
↑One Note Sambaの向こうを張って作ったのがこの「Two Note Waltz」。
Aメロがたった2つの音で構成されていて、サビも最初は2つの音の繰り返し。
伴奏のコードは、最初はいわゆるクリシェの一つで、ベース音が半音ずつ下がっていくというやつ。
これも2011年の上智コンサートの動画が残っていたので貼り付けてみる↓
2019年に部屋で録り直してみたやつ↓
3年前の2023年にも部屋で弾き語りバージョンを撮っていた↓
今回は終活アルバム『My Homeport -Singing Soda-』に収録するために録り直した。
ギターは左側がConde Hermanos (1992)、右側が茶位幸信工房に特注したたくき専用モデルの「松子」(1993)。
どちらも生音をマイクで録音したアンプラグド、というあたりが、若干のこだわりかしら。
ちなみに相対音感人間の私には、この曲のAメロは「ミーレミーレミーレミー」と聞こえ、サビは「(ラドミ)ソーードーー ソーーードーー ソーーードーー シドレミーー」と聞こえる。どの調で演奏してもそう聞こえる。
さ~て、終活アルバム用の録音も残すは1曲。最後に残ったのは『Mistaken Lover -acrostic-』。これはギター1本でいいかな。
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