東末広町の屋台
白木造り・白木彫刻
東末広町は末広町から昭和6年に分離独立した。
戦後、文挟などから屋台を借りて今宮神社の付け祭に3回ほど参加したが、昭和57年に念願の自前の屋台を新調した。大工は同町内の元野勝三・五郎兄弟と日吉町の宇賀神久男。建造にあたっては、銀座一丁目屋台の構造を参考にしたという。
平成10年に彫刻師・辻幹雄(宇都宮市)の手で彫刻の制作が開始され、まず、鬼板(おにいた)と懸魚(げぎょ)が完成した。
さらに平成12年に彫刻師・菅沼保の手で脇障子と方立(ほうだて)に牡丹と獅子の子落としの構図で彫刻が感性し、さらに見応えを増した。
◆解説は鹿沼市観光協会のWEBサイト、鹿沼ぶっつけ秋祭りの公式パンフレットなどを参照・引用しています