2014/06/30の3

宇都宮にもいたオオカミ(3)宇都宮市大網町 高靇神社


大網道という農道をどんどん進んでいくと、公民館と神社がある一角に出る。
ここも高靇神社。
ところが、狛犬は遠目で見てもすぐに「あれ? オオカミ?」と分かるものだった。
他の高靇神社では見られないオオカミ像がこんなところにある。なぜだろう。


剥き出しの歯と細い尾。この顔つきは紛れもなくオオカミ


吽像は残念なことにあごが欠け落ちている


吽像の尾は太くて、まさしくオオカミ


当村志願人小池喜四郎


この目はおそらく後から誰かが悪戯で彫ったのだろう


阿像は摩耗しているが、狼の顔の特徴を残している


鼻面が人面っぽい


横から見ると、牙を目立たせているのがよく分かる。これもオオカミ像である証拠のひとつ


明治28年(1895)建立


下から見上げてみる。これもまたオオカミそのもの


これでもう十分満足だったが、念のため、社殿の奥を覗いてみた。すると……奥の院の前に、小さいのがいるではないか! 遠くてここからでは肉眼ではよく分からない。持っていたのはコンパクト機のXZ-10だけだったのだが、格子の隙間からレンズを突っ込んで無理矢理望遠で撮ってみた。


いるいるいる!!


なんだこれ?


近づくために、社殿横、渡り廊下の格子隙間から撮ってみた


比較すると、こっちが吽か。であれば左右が逆だ


吽像側には子供??というか、ミニ像はなし


顔は猫みたいにも見える。さて、これはオオカミか? 和犬か? 狐ではないことは確か


この格子窓の隙間から撮った


境内はこんな雰囲気


神使研究では大先輩の福田博通さんは、これをオオカミではなく「和犬」像だとしている
おそらく、この高靇神社の前に、河内町立伏の高靇神社を見ているからだろう。確かに、写真で見ると、河内町立伏のほうはオオカミではなく和犬に見える。

しかし、ここ、大網村村社の高靇神社の像──少なくとも外の(明治28年)は間違いなく和犬ではなくオオカミ像だ。となると、屋内にある小さいのもオオカミではないのか?

で、そもそもなぜこの高靇神社は狛犬ではなくオオカミ像なのか?

タカオカミではなく、狼信仰という視点から調べていくと、⇒このサイトに興味深い記述があった。
下野国は、利根川の支流鬼怒川の流域です。利根川流域の上総(茨城県方面)は早くから開拓が進み、桓武天皇から分家した坂東平氏が入植したことが知られています。利根川流域には平氏に付き従う形で、犬飼の一族、県犬養氏(あがたいぬかいし)が入植していました。
開拓地に犬飼の一族が移り住んだのは、開拓地の田畑を荒らす害獣を狼と犬をかけ合わせた猟犬で駆除するためでした。こうした事情は下野国でも同じことで、下野国にも犬飼を生業とする一族が移り住んだことは確かだと思われます。

高寵神(タカオカミ)とは闇寵神(クラオカミ)と対の神で水源の守り神とされる一方、岡山県の木野山神社や貴布弥神社では狼神とされています。
下野国の開拓が始まったころ、岡山方面から入植した人々が高寵神を氏神として持ってきたのではないかと思われますが、推測の域を出ません。

……というのだ。

これは面白い!
さらに犬飼氏とはそもそもどういう人たちだったのかを説明している部分「詳細解説~犬飼のお仕事」(狸と兎が問答をしている形の読み物になっている)を以下にまとめてみる。

(以上「来福@参道」さんのサイトより、まとめ引用させていただきました)
……とまあ、実に読み応えのある内容だ。
このタヌキとウサギの問答は、こんな風に結ばれている。
田ノ貫
「それで、水争いの話に戻るが、農民の水争いは昭和も30年代まで続いておったのじゃよ」

宇佐美
「え?そんな最近まで続いていたのですか?」

田ノ貫
「そうなのじゃ。水争いがなくなったのは昭和40年代、ダム建設ラッシュの後なのじゃよ。甲府のマタギが隠密だったことが分かったのも、ダム建設で古い家を解体したら、屋根裏部屋から忍び道具がゴロゴロと…」

宇佐美
「え、そういう事情だったですか?でも、皮肉ですねえ。水争いがなくなるとともに、犬飼さんの末裔さんたちの村が水に沈んでゆくだなんて」

田ノ貫
「確かにのう、犬飼衆の集落は水源近くの谷の奥じゃからなあ。ダム建設で犬飼系の集落の多くはダム湖の底に沈んで、離散した村も多いのじゃ。御時世とはいえ、皮肉な巡り合わせじゃのう」
……と、引用がずいぶん長くなってしまったが、話を元に戻せば、
……と考えると、高靇神社にオオカミ像や和犬像が残っていることの説明になるかもしれない。
今までは単に、狼信仰=山の神信仰、山岳信仰……というイメージでしかなかったが、犬飼一族という、時代とともに権力者の下で犬と共に仕えていた人びとの歴史と結びつけることで、より複雑な背景が見えてきた気がする。

犬飼氏の関与によるオオカミ像が多いとすれば、オオカミなのか和犬なのかという区別はあまり意味をなさなくなる。
和犬像とされているものがある神社の多くは、狼の血を引く犬を育て、操る犬飼一族が関与している神社なのかもしれない。
また、狼信仰は製鉄民との関係も深いが、これも、古くはたたら鉄を造るために山を徘徊し、鉄鉱石の鉱脈を探り当て、採掘し、目を潰しながら製鉄をした山の民との関係……後には、鉄から作る鉄砲を操る者たち(マタギ衆など)との関係ということで見ていく必要があるのだろう。
鉄の鉱脈を見つけるのには犬の臭覚が必要だったし、山の中で暮らすには、外敵を察知して吠える優秀な番犬も必要だった。その犬に狼の血が混じることで、より強い犬が誕生した。そういうことから、狼を神聖な生き物とする狼信仰、山岳信仰も発展したのかもしれない。

もちろんこれらは推測にすぎないし、今となってはこの推論を証明することは極めて困難だろう。
しかし、オオカミ像をめぐるさまざまな考察が、こんなに一気に進んだのも、この高靇神社のオオカミ像のおかげだ。


(2018/05/03追記 狼信仰については、その後、足尾の簀子橋山神社の狛犬(現・通洞鉱山神社にある狛犬とされている)と磐裂神社の狛犬が「入れ替わった」のではないかという推論を導き出したときにも思い出すことになった。修験道と妙見信仰、庚申信仰、山師たちとのつながり……が、近代史に隠れていた人間ドラマとも結びついていたというお話にまで発展……)

HOMEへ 狛犬ネット入口目次へ

狛犬ネット売店へ
狛犬ネット売店

『神の鑿』『狛犬ガイドブック』『日本狛犬図鑑』など、狛犬の本は狛犬ネット売店で⇒こちらです


日記総目次は⇒こちら



一つ前の日記へ一つ前へ |     Kindle Booksbooks      たくきの音楽(MP3)music      目次へ目次      takuki.com homeHOME           | 次の日記へ次の日記へ





↑本日のお勧め
★『カムナの調合』(たくき よしみつ) 佐渡から始まる見えない恐怖の物語。この世を支えていた究極の混合物(The Ultimate Compound)とは何か? 映画監督・鹿島勤氏がかつて本の雑誌『ダ・ヴィンチ』で「いちばん映画化したい原作」と答えた作品。終わりまで一気に読める長編小説。(左はKindle版。右は絶版になった古書)



Google
abukuma.us を検索 tanupack.com を検索